EP236:竹丸と伊予の事件日記「仲立ちの比翼連理(なかだちのひよくれんり)」 その10
*****【伊予の事件簿】*****
泉丸と呼ばれた、金と真珠の耳飾りの男性は竹丸と兄さまの知り合いだったらしく親しげ。
美しい顔立ちでよくみると目元が宇多上皇に似てる。
誰にしても助けてくれてありがとう!
お礼を言う前にさっさと立ち去ってしまったけど、話を聞いていると連続婦女暴行事件の原因を作ったのもあの泉丸だったらしいから、お礼は必要ないかも。
私の名前と住所も調べられ似顔絵を登録されてたのね?
知らない男性から文がきたということは、雷鳴壺も大納言邸も両方ってことね?
全く!
一体どこに危険が潜んでるやら!
油断も隙もないっ!!
その後、兄さまと影男さんは藤原凝脂を検非違使庁に連行し、竹丸は侍所で待機した。
私は自分の対の屋で『白氏文集』を書き写す作業に戻った。
御簾越しに
「伊予殿?入ってもいいか?」
先ほどの泉丸の声が聞こえた。
帰ったんじゃなかったの?
ちょっとためらったけど、さっき助けてくれたし、いい人よね?
「どうぞ。」
御簾を押して入ってきた姿を改めてジックリ見てみると、竹丸が好きになるのも不思議じゃないぐらいキレイな人。
すらりと背が高く、白い手足が細くて長い。
頬にかかる後れ毛からのぞく長い睫毛が縁取る瞳は芙容の花が開いたよう。
その目で見つめられると宇多上皇を思い出し、ギュッと身が引き締まった。
「伊予殿にこれを差し上げようと思って。勝手に変な男に身元を教えたお詫びとして。」
袂から一枚の小さな厚い料紙を取り出した。
受け取ると、そこには流麗達筆な文字で
『比翼連理仲立ちします 右京一条四坊九町 泉丸』
と書かれていた。
「大納言に飽きて新しい恋人を見つけたかったら、ここを訪ねてくれ。
あなたの望み通りの恋人を世話してあげるよ。」
微笑んだ口元は、脂っぽい何かを塗ってるのか、形のいい唇がプルプルと潤んで中性的な色気を発散?してた。
う~~ん、ああいう脂っぽいものを唇に塗れば色っぽく見えるのねぇ。
すっかり感心しつつ
「え?あぁ、はい。でも大納言様に飽きたら、他の男性とは付き合いません!」
泉丸は目を細め、腕を組み、顎に指を当てて私を上から下までジロジロと眺めたあげく
「あなたをどこかで見たことがある気がする。
昔、兄上の別邸に行ったときだったかなぁ。
小さい女の子がいたんだけどその子に似てるなぁ。
確かそこには平次という名前で大納言も通ってたんだよな。」
え?!はぁ?!!
なぜ『平次兄さま』を知ってるの?
ヤバッ!!
誤魔化さなきゃ!!
「な、何のこと?私は一年ほど前、椛更衣のご実家で初めて大納言様にお会いしたのよ!他人の空似でしょうね!ホホホッ!」
早口にまくしたてた。
焦りすぎて余計に怪しい?
もっと目を細め、心の中を見透かすような目つきで
「確かさっき大納言が口を滑らせて『きよみ』といってた気がする。その名前は兄上からよく聞いてるんだ。一年?ほど前失踪した姫の名前が『きよみ』だった気がする。」
兄さまのバカーーーーっ!!
名前を聞かれるなんてっ!!
それに兄上と呼ぶのが宇多上皇のことなら泉丸は弟?!
宇多上皇にバレるじゃないのっっ!!!
「本当?大納言様ったら誰のことを呼んだのかしら!嫌だわっ!!他の女子の名を呼ぶなんてっ!!気が多い人だから仕方ないけどっ!!」
泉丸は心底面白い!というふうに口を大きく横に広げて笑い、人さし指をあて『内緒!』の仕草をし
「兄上に黙っていてあげるから、変な男に身元を教えたことを許してくれる?」
『うんっ!!』
思わず大きくうなずき、ハッとした!
これって私が浄見だって肯定したのと同じじゃない?
背中に冷や汗がにじむ。
私の青ざめた表情にフフフと声を出して笑った。
私に近づき、人さし指で額をツンと突いたと思ったら
「よしっ!浄見?兄上には黙っていてあげるからこれからも仲良くしてくれ!」
クルリと踵を返し優雅な動作で出ていった。
何かヤバそうな人に弱みをガッツリ握られた気がする!!
背中のみならず全身から噴き出した冷や汗がジットリと衣を濡らしていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
平安時代の昔でも何らかの『色恋ビジネス』はあったんじゃないかなぁ~~と思いますが、どうでしょう?
比翼連理は「男女の情愛の、深くむつまじいことのたとえ」だそうで、白居易の『長恨歌』に出てくるそうです。