EP235:竹丸と伊予の事件日記「仲立ちの比翼連理(なかだちのひよくれんり)」 その9
*****【伊予の事件簿】*****
ちょび髭狼藉野郎が四つ這いになって近寄ってくるのを後ろに下がって逃げようとする。
「誰かっ!!助けてっ!!狼藉ものがいるのっ!!」
ここぞというときなのに、喉に何かが詰まったように塞がり、恐怖で小さなかすれ声しかでない。
掴まれた腕から嫌悪感と絶望が広がり、冷や汗が背中をつたい、目の前が真っ暗になった。
ザッ!!
横から影が目の前に飛び出したと思ったら、強姦男が蹴り飛ばされてゴロンと転がった。
「いい加減にしておけっ!!気分が悪い野郎だっ!!」
束ね髪と頬にかかる後れ毛、金と真珠の耳飾りが揺れ、紺色に銀糸で唐花模様が刺繍してある衣をまとった女性?男性?が目の前に立っていた。
括袴から見える細くて白い足には、大の男が転がるほど強く蹴り飛ばす力があるようには見えない。
誰でもいいけど助けてくれたっ!!
命の恩人っ!!
ホッとしてお礼を言おうとすると、真珠の耳飾り美人がヒョイと強姦男の烏帽子を取り上げた。
クシャクシャにつぶして袖にしまいこんだ。
強姦男が泣きそうな声で
「泉丸どの~~~!返してくだされ~~~!」
袖にすがりついてる。
「だめだ!天下の大納言の屋敷で乱暴狼藉を働くとは!大納言に懲らしめてもらうぞ。」
その頃になってやっとドタバタと廊下を渡る足音がし、御簾を跳ねのけ
「浄見っ!!無事かっっ!!」
息を切らしながら兄さまが駆けつけた。
あと、影男さんと竹丸も一緒に。
一目で状況を察知した兄さまが駆け寄り抱きしめてくれた。
「ふぇ~~~ん!怖かった~~~!」
兄さまの匂いを胸いっぱいに吸いこんでギュッと抱きつく。
背中に感じる手の温もりでやっと安全を実感できた。
泉丸と呼ばれた麗人が
「へぇ~~~!大納言の恋人だったのか~~!そりゃあもし強姦してれば殺されてたな、危なかったな藤原凝脂どの?」
ちょび髭強姦野郎は藤原凝脂と言うのね!
烏帽子を取られて、髷も崩れて、情けない格好!!いい気味っ!!
ってゆーけど、私の乱れ散らかしたこの姿もけっこー悲惨で恥ずかしいっ!!
藤原凝脂は全身を震わせおののいている。
「大納言様!ほ、ほんの、出来心です!あなたの恋人だとは露知らず、市で見かけた美しい姿が忘れられず、そ、そこの泉丸に容貌を伝え、似顔絵を見せてもらいこの住所と伊予という名前を教えてもらいました!泉丸は銭を取って女性の名前と住所を売る阿漕な商売をしてるんです!!全部そいつのせいです!!」
震えながらもしっかりと泉丸を指さした。
泉丸が美しい眉をひそめニヤリと笑うとスタスタと藤原凝脂に近づき胸ぐらをつかんだ。
「違うだろっ!私はお前の恋文を預かり、伊予に届けさせただけだ!伊予の名前と住所はお前に教えてないっ!!
強姦事件や付きまといの原因になるからなっ!!」
藤原凝脂は首を横に振り
「いいや!お前のせいだ!お前の腹心の部下が銭と引き換えに教えてやると言ったんだ!たんまり銭を取っておきながら今更知らぬ存ぜぬは通用せんぞっ!!」
ツバを飛ばした。
それを聞いた兄さまは私の身体から腕をはなし
「泉丸、今日こそお前を検非違使庁に突き出す!危険な商売ばかり始めやがってっ!!」
立ち上がり睨みつけた。
泉丸が両手を前で横に振り
「大納言!誤解だっ!部下がやったんだ!私は好みの姫への恋文を届けてやるという商売をしただけだ!恋文には男性の住所と名前を明記し、女性が返事を送り、やり取りを続ければ恋人関係になるのも自由という仕組みだ!
事件にならないよう女性の名と住所は決して明かさないようにしたのに!部下が勝手にやったんだ!!」
ハッと急に思い出したように竹丸を振り向き、
「竹丸っ!お前からも説得してくれっ!私は無実だ!部下を捕まえてくれと!」
竹丸は困ったような照れたような顔で指を組んでモジモジさせ
「えぇ~~~と、若殿、泉丸は本当の事を言ってると思いますよ~~!悪いことをする人じゃありません。好奇心から今までにない商売を思いつくと、ついやってしまう性質なんですよ~~~!悪気は全然ありません!強いて言えばアイデアが次々と湧いてくる彼の才能が悪いんです~~~!」
兄さまが竹丸をギロっと睨みつけ
「なぜ悪意がないとわかるっ!!泉丸に惚れてるお前には何の説得力も無いっっ!!」
えぇっ!!?
そうなの?!
まぁ竹丸もぽっちゃりしてるし女性的と言えなくもない。
ただの美形好きかも?
兄さまはイラつきながら
「よし。ではお前の部下を今日中に検非違使庁に突き出し、女性の名前と住所を教えた強姦犯を全員捕まえ獄にぶち込むまでお前が捜査に協力するようにっ!そうでなければお前も罪を問うっ!!早く行って捕まえてこいっ!!」
泉丸に怒鳴りつけた。
泉丸は
「はいっ!!承知しました!大納言様っっ!」
姿勢をピンと正し、畏まってペコリと頭を下げた。
(その10へつづく)