EP234:竹丸と伊予の事件日記「仲立ちの比翼連理(なかだちのひよくれんり)」 その8
*****【伊予の事件簿】*****
兄さまから言付けを頼まれたという大舎人が私に大納言邸に里帰りするように言ったので、椛更衣に許可をもらいすぐに大納言邸に帰った。
自分の対の屋で昼餉を食べおわり、手持ち無沙汰なので、宮中から持ってきた『白氏文集』を写し始めた。
風もないのに壁沿いに植えてある木がザワザワと揺れた気がしたけど鳥かな?ぐらいで済ませた。
ふとその木の方向に目をやると、御簾越しに黒い人影が見えた。
「誰?何か御用?」
下人が文でも持ってきたのかな?
でも壁の方向から来る?
返事がないので違和感を覚え
「影男さん?返事をしてください!」
少し大きな声を出した。
黒い人影はジッとしたまま動かない。
気味が悪くなって、警備の下人がいる侍所に行こうかと立ち上がった途端、御簾を跳ね上げ、見たこともない男が入ってきた。
狩衣を着てるからどこかの貴族のよう。
ドシドシ距離を詰めてくるので駆けだそうとすると、衣を踏まれ転んだ。
『何よっ!!こればっかりっ!女性の服装ってなんて動きにくいのっっ!!』
イライラしながら踏まれた袿を脱ぎ、急いで逃げようとするけどまた単を踏まれた。
「兄さまっ!!影男さんっ!!どこっ!助けてっ!!」
転んで膝をつきながら叫ぶと手で口を塞がれたので噛みついた。
のに!しっかりと口と鼻を塞いだまま微動だにしない。
呼吸ができなくなり塞がれた手を引っ掻くけど効果なし。
烏帽子を掴み落とそうとしたり、爪を立てて顔や頸を引っ掻いたり、モチロン噛みつき続けながら暴れても、のしかかられ身体の下に組み敷かれると、呼吸ができない苦しさと掴まれて変な方向に曲げられた腕の痛みで徐々に体に力が入らなくなった。
『暴れ続けても体力を失うだけだわ!油断させておいて身体が少しでも離れれば一気に蹴り上げ逃げ出すっ!!』
こういう状況を何度も経験すると肝って据わるものね!
それにしても裾の長い衣っっ!!
ムカつくっっ!!
二度と着たくないっっ!!
そして衣ごと引っ張られまとめられ押さえつけられるので、どー考えても拘束されやすい!
両袖を持たれて背中の後ろに回され横向きに寝かされ上から体で押さえつけられた。
力尽きて大人しくなったフリで襲ったヤツを睨み付けると、見たこともない男だった。
狩衣は高価な生地っぽいからいいところの金持ち貴族だと思うのに、こんな乱暴狼藉を顔色一つ変えずする野郎だと思うと悔しくなった。
生活に苦労してるわけでも無いのに女を襲って何が楽しいの??
ちゃんとした恋人をさがせばいいじゃないっ!!!
ムカムカがおさまらない。
ボロボロ涙が流れてた。
兄さまも影男さんも忠平様も全く当てにならない!!
でも諦めないからねっっ!!
ちょび髭を生やした口を首筋に押し当ててくる。
気持ち悪くて吐き気がした。
両腕両足をガッチリ抑え込まれてて身動きできない。
口と鼻を塞ぐ手が緩んだ隙に
「ねぇ!あなたの気持ちはわかったから!ちょっとだけ離れてちょうだい!自分で衣を脱ぐわ!!」
ちょび髭狼藉野郎は頸に唇を這わせるのをやめ私の目を見た。
女性にモテないほど悪い外見でもないし、いい身なりだし、なぜこんなことを?
ムカムカしながらも
「ね?こんなに情緒も何もない姿はイヤでしょ?私だってせっかくの逢瀬を楽しみたいわ!!」
ちょび髭狼藉野郎は油断したのかニヤつき
「そうか。そうだな。あなたも楽しむ気になってくれたんですね?私の文を読んでくれたんですね?」
起き上がって体の上からどいてくれた。
私も身を起こし、手の届かないところまでズリズリとお尻をつけたまま後ろに下がろうとするとグッと袖を掴まれた。
「逃げるんですか?」
逃げられないかもしれない!!
突然『強姦』が現実味を帯びて恐怖でブルブルと全身が震えだした。
(その9へつづく)