Ep23:番外編 右大将物語 ③夢
<Ep23:番外編 右大将物語 ③夢>
時平は遊ぶ女性を選ぶ際に決めていることが一つある。
それはできる限り浄見とかけ離れていることだ。
肉体は豊満で官能的であるほどよく、妖艶で性的な遊びに手慣れている女性を選ぶことにしていた。
欲望は女性の性的魅力に対してだけ向けるべきであって、純粋で無垢な精神に対して向けてはならないと思っていた。
時平の中で浄見は可憐で無垢な存在そのものであって、守る以外に干渉すべきでないと思った。
慈しみ、守り、育てて、いつの日か、できるだけ強く逞しく賢い男性にその守る役目を手渡すものだと思っていた。
自分は浄見が成長した段階で兄としての役目を終え、浄見の前から姿を消すべきだと思った。
自分が浄見の中に育てた純粋で清浄な精神を自分が自制の利かない短絡的な欲望で汚すわけにはいかなかった。
浄見を刺客から救い出し、もっとずっとそばに置きたいと思うようになってから、時平は浄見に守りたい以外の感情を覚えた。
それは兄の持つべき感情ではないから、封じ込めることにした。
浄見を忘れるために女性を手当たり次第に抱いても、何一つ状況は変わらなかった。
女性をきちんと満足させているかは別としても、行為中の生物機能的には問題はなかった。
ただ、そこに精神的な充実はなく、虚しさだけが残った。
どうすればいいのかわからなかった。
このまま誰も愛することなく生きても別に支障はなかった。
事実、妻の年子は愛することにこだわってはなさそうだった。
誰をも愛することなく何にもとらわれず、ただ日々を重ねているだけに見えた。
時平は年子が羨ましかった。
望むものがそもそもないという事が一番幸せだと思った。
望んでも叶わない欲望をもつよりは何も望まないほうがいいと思えた。
時平は夢の中までは自制がおよばず、よく浄見の夢を見た。
それも、一番時平が嫌悪する形の。
裸の浄見が寒さで震えて、『兄さま、寒いわ』と言う。
時平は慌てて何か着せようと衣を探すが何も見当たらず、自分の単衣を脱いで着せた。
しかし、なぜかすぐに衣は消えてなくなり、また『兄さま、凍えそう』と浄見がいった。
時平は『抱いてもいいか』と聞くと浄見が『ええ、兄さま、でも何もしないでね』といった。
裸の浄見を抱きしめると、きめの細かいしっとりした肌を胸に感じた。
身体中を興奮が駆け抜け頭が痺れた。
花びらのような唇から『兄さま』というと吐息まじりの声が漏れると、時平は小さな顎をつまんで自分の唇を押し当てた。
浄見の中に押入って、身体中、すみずみまで全てを、自分で満たしたいと思った。
そんな夢を見て飛び起きると、となりで年子が静かな寝息を立てていた。
自分が不穏当な寝言を言ってなかったか確認したかったが、そのために年子を起こすのはためらわれた。
年子は寝息を立てて、『寝たふり』をしていたが、時平が飛び起きたのを感じた。
時々『浄見』と呼ぶのを聞いていた。
愛する妹の名だろうと思った。
時平の心をつかんで離さない少女を年子は一度見てみたいと思った。
藤原時平が右近衛大将で中納言(検非違使別当・左衛門督・春宮大夫を兼任)だった893年~896年(時平22歳~25歳、浄見10歳~13歳)までの出来事を「右大将物語」として番外編を書きます。<Ep8:白玉か露か>のはじめの方です。