EP228:竹丸と伊予の事件日記「仲立ちの比翼連理(なかだちのひよくれんり)」 その2
*****【竹丸の日記】*****
若殿は凹みつつもジロッと睨み付け
「それは構わないんだ。というか仕方がないことだ。それを言うならこっちは『尻軽浮気男』だし」
若殿の場合、家のため、家族のため、政略結婚は必須だったし、何たって宇多帝の姫はまだ結婚できる年齢じゃなかったし、本気で姫の事を忘れようとしてた時期の荒れた姿を知ってるだけに『同情してもし足りない』ほど可哀想!!
つくづく不幸というか、女運が悪いというか、厄介な女子に惚れたなぁ~~~!と哀れになった。
「で、どうするんですか?別れるんですか?」
チラッと見ると俯き青白い顔で黙ってる。
「まぁ、そんなことができればとっくに別れてますよねぇ。じゃあフラれるのを待つんですか?」
若殿がグイッと酒をあおった。
「浄見が言うには、愛情が重いらしい。だから大勢の恋人の一人でいたいと。」
「はぁっ!!?何ですかそれ?わがままにもほどがありますよねっ!!若殿も浮気してやればいいんですよっっ!!」
宇多帝の姫と付き合いだしてから若殿は腑抜けみたいに女遊びをピタリとやめた。
いつも上機嫌で浮足立ってフワフワしてるから不気味だしこっちが心配になるほど浮かれてた。
他人の幸せほど見ていて『不愉快』なものは無いから、若殿が凹んでる今の状態は、ある意味『愉快』というか『蜜の味』。
だけど、女遊びが激しかった時代は、とにかく荒んでたというか、手当たり次第というか、心の穴を埋めようとするかのような遊び方だっただけに、姫と別れてアレを再び繰り返すのはいかがなものかとも思う。
「・・・・あの~~~ぉ、誰かぁ~~?、もし~~~?」
夜中というのに侍所に人が訪ねてきた気配がし、急いで向かうと、大納言への文を届けにきたとのこと。
紙を細く折りたたんで結んだだけの文を若殿に渡すと、開いて読んだあと、急に『満面の笑み』かつ『ご機嫌』になり
「竹丸!話を聞いてくれてありがとう!今日はもう寝る!下がっていいぞ!!」
ニヤケながら楽しそうに言い放った。
何?一体誰から何の文?
奪い取って読んでやろうかと思ったけどめんどくさいので
「ふぅわぁぁ~~~~~!」
欠伸しながら侍所に帰って寝ることにした。
翌朝、出仕する若殿を大内裏の郁芳門まで送ったとき、
「今日は浄見と過ごすから迎えはいいぞ!」
ウキウキしてる。
『はは~~ん!』ピンときて
「昨夜の文には何と書いてあったんですか?宇多帝の姫からだったんでしょ?」
「ええと、まぁ・・・
『人しれず 逢うをまつまに 恋死なば 何にかえたる 命とかいはむ』
(人知れず逢瀬を待ってる間に、もしも恋しすぎて死んでしまったなら、私って無駄死にしたってこと?)
(*作者注:本院侍従『天徳四年 内裏歌合』)
と書いてあった。」
デレデレしながら頸を扇で掻いてた。
*****【伊予の事件簿】*****
蒸し暑い、寝苦しい夜を過ごし、夜明けとともに目覚めた。
素早く自分の身支度を整え、椛更衣の着替えや身だしなみを整える手伝いをしたり、御簾を巻き上げたり、朝餉の配膳、身の回りの片付けや掃除、書や文の整理、訪問客への応対、さまざまな女房の雑事を忙しくこなしているといつの間にか昼を過ぎていた。
「伊予殿に文です。」
影男さんじゃない大舎人がまた文を届けてくれた。
この頃、知らない人からの恋文?がたくさん届く。
今日はこれで三通目。
忙しいさなか時折ふと、手を止めてボンヤリする。
『今夜は兄さまと夜を過ごせるのねっ!!』
思わず緩む頬を摘まんで気持ちを引き締めた。
午後は少し暇になり、椛更衣に借りた『白氏文集』を書き写しているとトントンという足音が聞こえ御簾越しに
「伊予はいるか?」
一瞬でドキッと胸を躍らせるような、硬くて低い、体の芯が痺れるような声が聞こえた。
「はいっ!」
急いで立ち上がってそばまで行き、御簾の端を持ちあげ兄さまを中に入れた。
香しい薫物が鼻をくすぐり、衣の下の熱い肌を思い出しクラクラと眩暈を覚えた。
『抱きつきたいなぁ~~でも軽い女って見られるのはイヤだなぁ~~』
悩みながら上目遣いで顔を見つめる。
目が合う。
薄墨色の涼やかな目元に怯えたような戸惑いが浮かぶ。
玉のように滑らかな頬と美しい顎の線を見つめていると、躊躇うように顎が少し動いた。
「あの・・・・」
じれったくなって思わず胸に抱きつき、腰にギュッと手を回す。
堰を切ったように激しく肩を抱きしめられた。
頭を押し付けられた胸から兄さまの匂いを思い切り吸い込み、身体中に幸せを沁み込ませた。
『いい匂いっっ!懐かしくて安心する幸せな匂い!』
兄さまの手が項に差し込まれ、指が動く。
くすぐったくなって思わず顔を傾けた。
指で耳や頸、髪の生え際を愛撫されると、それだけでゾクゾクと快感が広がる。
昼間から?!!
さすがにヤバくないっ?!!
ハッと我に返り恥ずかしくなって身体を離そうとすると、
グッ!
顎を片手で挟まれた。
少し開いた口に唇を押し当てられ、熱い舌が中に入った。
このまま、もっと奥に
入って、もっと、
全身を貫いて欲しい
中を全て
兄さまで満たしてほしい
舌を
液体を
夢中で飲み込みながら頸に腕を絡めた。
しばらくそうしてると兄さまが唇を離した。
「四郎ともこんな口づけをしたの?」
ため息まじりに呟く。
ギクッと背中が冷たくなった。
(その3へつづく)