EP222:伊予の事件簿「夏草の逢瀬(なつくさのおうせ)」 その1
【あらすじ:忠平様に付き合ってると勘違いさせてしまった私は、戸惑いながらも流されるままに過ごしてた。難しいことを考えずに楽しく自由に暮らしてほしいと願うあまり、時平様にも変な勘違いをさせたみたい!?心の中を全て言葉にしても、すれ違うこともあるし、誤解されることもある。なんだかんだあざとい?私は曖昧な雰囲気だけで乗り切る!!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
私の口の中で舌が動き回っている。
自分の身体なのに
何も感じない。
意識は遠くから冷静に自分を眺め、
『今、忠平様に口づけされているなぁ』
ボンヤリ思った。
何度も舌を吸い、頭の後ろに添えた手で操り、情熱的に誘いかけるけど
何も感じなかった。
忠平様も人形にするみたいに手ごたえがなかったと思う。
やっとあきらめたように唇を離した。
上気した顔でフッと息を吐き
「私の屋敷に、一緒に帰る?」
微笑みながら呟いた。
なぜ?
ああ、そうか、兄さまの目の前から消えるため?
忠平様の妻になるの?
なりたい?
自問してみる。
『いいえ。なりたくはないわ。』
黙り込んだ私を見て、忠平様が慌てたように
「ごめん!口づけしたのを怒ってる?嫌だった?」
ジッと忠平様の目を見つめ
「いいの。私が拒まなかったから。忠平様は悪くないわ。
ただ、屋敷には行かないし
あなたの妻にもなりたくないわ。」
照れたように目を逸らし
「そうだな、いきなり妻は無理だな。
恋人として付き合う期間も必要だな。」
口早に呟いた。
付き合う?
なぜ?
兄さまを忘れるため?
好きでもない人と?
「時間をください。もう少しちゃんと考えてみたいの。
もう宮中へ帰ります。」
立ち上がると、忠平様が侍所へ行って牛飼童を呼んでくるように頼んでくれた。
牛車の支度ができると、車宿りまで送ってくれた。
真剣な目で
「私は位階はあっても中央に官職はないから容易く内裏に入ることはできない。
でも何とかして宮中に会いに行くから、待っていてくれ。」
もう付き合ってることになってるの?
口づけしただけで?
兄さま以外の人と
そういうことをしたことがなかったので
『付き合う』が何を意味するのか
これからどうすればいいのか
よくわからなかった。
主殿の方をチラリと見た。
『兄さまは来てくれないの?何か言ってくれないの?忠平様と付き合ってもいいの?』
期待を込めて見つめても
誰も出てくる気配がない。
兄さまが廉子様に何と言ったのかもわからない。
責めたの?
許したの?
私のことを何と話したの?
『遊びだから気にするな』とか?
牛車に乗り込み、
「内裏へ、お願いします」
牛飼童に話しかけると、ギシッと車輪が軋む音がし、ゆっくりと車が動き始めた。
(その2へつづく)