EP221:伊予の事件簿「密雲の枇杷(みつうんのびわ)」 その7
東の対の屋でウロウロと行ったり来たりしながら考え込んでいると、近くに座ってその様子を見ていた忠平様が
「伊予って気が弱いかと思うと急に開き直って強気になるよな。
情緒がコロコロ変わって面白いけど怖いよなぁ~~~」
「兄さまは廉子様に何て言うと思う?許すかしら?」
「許すだろうな。何たって子供たちがいるから、許さざるを得ないだろう。」
何も言い返せなかった。
「伊予、面倒な男はやめにして私にしろ」
「忠平様だって北の方がいらっしゃるでしょう?同じことだわ!」
首を横に振り
「いいや。私には子がいない。伊予が妻になってくれれば最優先する。面倒はかけない。」
「兄さまだって私が望めば妻と離縁してくれるって言ってたのよ!」
忠平様はピクリと眉を痙攣させ険しい顔で
「もし妻たち二人と離縁すれば、栄耀栄華はあきらめないとな。
少なくとも太政官は続けていられないだろう。
下っ端貴族となって冷や飯を食う事になるかもな。」
「なぜっ??離縁ってそんなに悪いことっ?」
「ちっぽけな家庭内のいざこざすら収められない人間に国家の政が担えるか?そんな人間に国民の命を託せるか?
政治家に何より必要なのは信用だ。それを失えばたとえ一の大臣でも権威は失墜するだろう。」
はぁ?!!
じゃあ離縁すれば兄さまは身分が一気に転落するの?
そんなのって非道い!!
今までずっと頑張ってきたのに!!
「伊予だって貴族の端くれになった兄上とは結婚したくないんだろ?」
バカにしないでよっ!!
兄さまのことずっと雑色だと思ってたのよ!!
落ちぶれる事なんて怖くないっ!!
とは口に出せないのでウウンと首をブンブン横に振り
「そんなことじゃないわ!でもっ!」
兄さまにとって長男として家を守ることは自分の事よりも大切なのかも。
国政を執ることも。
それを邪魔するなんてできない。
忠平様は顎に指を当て
「しかし、兄上がそれほど伊予のことを思い詰めていたとはな。
まるで心臓に刺さったトゲだな。」
えっ?
「どういう意味?」
「抜くと出血して確実に死ぬが、刺さったままでは命に関わるほど苦しい。」
ショックだった。
兄さまにとって私って
そんなに重荷だったの?
足枷よりも酷い存在?
命に関わる不治の病ってこと?
不安になった。
胸がズキズキ痛い。
いつも苦しそうなのは
全部私のせい?
私がいることで兄さまは死ぬほど苦しんでいるの?
ボロボロ涙が溢れてた。
「そんなに、そんなに迷惑だった、なんて・・・・。
どうすれば・・・・
どう・・・すれば、・・・いい・・・と・・・思う?」
力が抜け
立っていられなくなった。
その場で座り込んだ。
俯いてポトポト床に涙をこぼした。
兄さまの前から消える?
そうすれば兄さまは楽になる?
どうやって?
でも・・
忘れられてもいいの?
一生、会えなくてもいいの?
茫然としながら涙を流し続けていると、肩を抱き寄せられ、胸に頭を引き寄せられた。
抵抗する気も起きず、されるがままにして、ただ涙を流し続けた。
「兄上を忘れろ。私のそばに、ずっといればいい。」
忠平様に抱きしめられても、魂が抜け出してしまったように何も感じない。
自分の身体を傀儡のように遠くに感じ
今いる場所すらわからない
フワフワとした浮遊感があった。
ただ、茫然と抱きしめられていた。
忠平様の手が顎を包み、唇がゆっくりと近づく。
いつの間にか、されるがままに、口づけを許していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あれ?今回ちゃんと終わってない?え?忠平が勝手に浄見にナニしてる!!