EP220:伊予の事件簿「密雲の枇杷(みつうんのびわ)」 その6
「皆の者、見たな?
伊予は無意識に、廉子が触れ毒にあたった場所の弦を指で弾こうとした。
もし毒を塗った犯人ならその場所に触れるだろうか?」
周囲の人々がハッと息をのんだ。
「えっ?!!
これは廉子様の和琴なの?
じゃあ毒が塗ってあったの?!!ヤバッ!!」
ビックリして思わず声を上げた。
忠平様がその場所に鼻を近づけクンクンと匂いを嗅いだ。
「草の汁が乾いたような臭いがするな。
これは仙人草の茎や葉から採った汁だな。
この屋敷の庭に植えてあった。
そうだろ?兄上?」
兄さまは深刻な表情で頷き、
「もし伊予が宮中で仙人草の汁を弦に塗ったのならどこから調達したんだ?
宮中で見かけたことは無いからな。」
廉子様の侍女が几帳の陰から出てきてムッとした表情で
「伊予がここに着いて、廉子様にお返しする前に仙人草の汁をつけたんですわ!!」
忠平様が首を横に振り、
「牛車から降りてすぐ伊予から和琴の包みを受け取りそのまま北の対の屋へ行きその包みを返した。
私は同行しこの目で見た。
伊予はここで和琴の包みを開きすらしていない。」
そうそう!
よかった~~~!
一緒に行ってもらって!
侍女はそれでも引きさがらず
「いいえ!犯人は伊予です!北の対の屋に置いてある和琴をいつの間にか盗んで仙人草を塗って元に戻したんだわ!!
あんたみたいな泥棒猫がすることは相場が決まってるんだよっ!!
他人のモノを横取りすることしか頭にない、卑しい売女っ!!薄汚い女狐めっっ!!」
最後は私に向かって直接ものすごい暴言を吐いた。
身の潔白が証明されたからには罵られたぐらいで泣くような私じゃないっっ!
「ふんっ!!何よっっ!エラそーにっっ!
あんたなんてただの侍女でしょっ!!
あんたに言われる筋合いはないわっっ!!
毒を塗ったのだってあんたでしょっ!!
やましいから私に罪を着せようとしたのねっっ!!
あんたこそロクでもない性悪クソ女だわっ!!」
私の剣幕に忠平様が目を丸くして兄さまを見ると兄さまは肩をすくめた。
「伊予の潔白は証明された。
今後、伊予を悪く言う者は私が暇を出す。
その覚悟で噂話をすることだな。」
周囲をギロっと睨みまわした。
几帳の奥へ向かって
「廉子、二人で話がある。
皆、下がってくれ。」
それぞれ散り散りになり、目が合うと兄さまが頷くので私も東の対の屋へ下がった。
結局誰の仕業なの?
廉子様?それとも侍女?
廉子様の和琴を侍女が勝手に持ち出して私に貸すなんてできないから、毒を塗ったのが侍女でも命じたのは廉子様よね?
廉子様は指に毒がついて傷ついてもよかったの?
そうまでして私を犯人にしたかったの?
直接私を攻撃するよりも、周囲の人々が私を敵視する状況を作るのが狙いだったの?
『正室を傷つけてまで大納言を奪おうとした悪女』
というレッテルを貼りたかったの?
確かにその方が賢明ね。
周囲の人々が全員私を憎んで妨害すれば、逃げ出したくなるかもしれない。
兄さまとの恋を捨て去りたくなるかもしれない。
実際そうなってみないとわからないけど。
兄さまは廉子様をどうするの?
怒る?
なだめる?
ご機嫌を取る?
謝る?
気になって仕方がなかった。
(その7へつづく)