EP218:伊予の事件簿「密雲の枇杷(みつうんのびわ)」 その4
私の背後、つまり主殿の廊下の西側からトントンと渡ってくる足音が聞こえ
「あれ?合奏はもう終わりか?」
兄さまのゴキゲンな声が聞こえた。
そばまで来て私が廊下に座ってることに少し怪訝な表情をし、母屋の中に向かって
「廉子?どうした?なぜ伊予を母屋に入れない?」
私は兄さまにヒソヒソと
「廉子様のお手に何かが起こったみたいなの!曲を弾いてらっしゃる最中に突然弾くのをおやめになったの!」
『わかった』
というようにウンと頷くと几帳の向こうに入った。
几帳の向こうから侍女が慌てた甲高い声で
「こ、この和琴の弦に何か塗られてたんですわ!
廉子様がここをお触りになったあと、少しして指のその部分がみるみるうちに腫れて赤く水膨れになったんですっ!
最初からずっとこの目で見ていました!
あぁっ!!何と御労しいっっ!!
このようなこと以前には一度もございませんでしたのにっ!
一体誰の仕業でしょうっ!!」
兄さまが苦虫をかみつぶしたような顔で几帳から出てきた。
私に向かって
「侍女の話では廉子の和琴は伊予に貸し与えており、つい先ほど返却されたとのことだが、間違いないか?」
キョトンとしたけどその通りなので
「はい。」
と頷く。
兄さまが眉根を寄せ険しい顔で
「伊予が練習する間は何も異常が無かったんだな?」
えぇーーーーっっ?!!
ビックリして
「もしかしてっ!私が何かしたと疑われてるんですかっ?
それならあり得ません!
だって包みを開いたことも無いんですものっ!!
廉子様の和琴を壊しでもしたら大変なので、練習には自分のしか使いませんでした。
お借りしたものをそのままお返ししただけですっっ!」
ツバを飛ばしながら言い返す。
兄さまがホッと安堵のため息をつき
「それなら伊予のせいじゃない。
皆の者、聞いたか?
廉子の傷は伊予に責任は無い!
あらぬ疑いをかけるんじゃないぞっっ!」
強い声で周囲に告げた。
事件を聞きつけ駆け付けた使用人や侍女たちがヒソヒソと呟く。
廉子様の腹心と思われる侍女が大きな声で
「殿っ!それは理不尽ですわっ!
伊予に貸し出す前、廉子様は何度もお弾きになってます!
返却された途端、異変が起こるだなんて、絶対理由があるハズですっ!!
そちらにいる伊予が何かしたとしか思えませんっっ!!」
言い張った。
几帳の向こうで叫んでるけど、きっと怒り狂った表情で隙間から私を睨み付けてる!
使用人や侍女たちは私に聞こえるぐらいガヤガヤとさっきより大声で
「伊予?誰?」
「殿の新しい、ホラ、アレだよ!」
「まぁ!それなら確かにやりそうねぇ」
「あぁ、きっとそうだ。」
「奥様に嫉妬して傷つけようとするとは、新参者のくせに図太いアマだな」
「しっ!殿に聞こえるぞっ!」
「構うもんか!女癖が悪いせいだろ!自業自得だ!」
「でも怖いわねぇ~~!!女の争いってぇ~~!」
「そうよねぇ。よかったわぁ殿に見初められなくて!」
「そうそう。醜い嫉妬に身を焦がすこともないしねぇ!」
「弦に毒を塗ったの?可愛らしい顔をして酷いことをするのねぇ」
などなど。
あの~~~
丸聞こえですけど?
もう少し声を抑えて噂してくれません?
それに、私を罵るついでに兄さまも罵ってるけど大丈夫?
どっちにしてもこのままじゃ私が弦に毒を塗った犯人にされるっ!!!
困り切って弱り果てた。
ど~~~しよ~~~~っ!!
廉子様の和琴に触ってないのは確かだけど
証拠もないしっ!!
どうやって潔白を証明すればいいのっ??!!
(その5へつづく)