EP217:伊予の事件簿「密雲の枇杷(みつうんのびわ)」 その3
忠平様は一瞬、驚いた表情をしたけど、すぐにほほ笑み
「いいんだ謝らなくて!こちらこそ悪かったな!気にするな!
伊予の秘密をまた一つ知ることができたから・・・・嬉しいよ!」
自分の口に果実を放り込んだ。
「私は枇杷が好きだ。
表面の果実は甘酸っぱくて美味しい、誰にでも愛される味なのに、種には人を殺せる量の毒を含む。」
う~~ん、表向きは愛想がいいけど、
攻撃する人には容赦しないってこと?
確かに忠平様にピッタリかも?!
モグモグしたあと、種を手に吐き出し
「こういう時間を伊予と積み重ねていけばいつか兄上を越せるかもしれない!」
ニッコリ微笑みかける。
変に期待されても困るのでちゃんと言おう!
「あの!それは・・・っ!」
私の言葉を最後まで聞かず
不意に立ち上がり伸びをしながら、
巻き上げた御簾の向こうに見える庭の草木の目をやった。
「あっ!めずらしいな。仙人草を植えてるんだな。知ってる?九月には白い、いい匂いの花が咲くんだ。」
何事もないかのように呟く。
無視されたままじゃダメ!
ちゃんと伝えなきゃっ!
「ええっと、ですから・・・」
背中を向け、立ったままの忠平様が低い声で
「先回りして拒絶しないでくれ。」
鋭く言い放った。
「伊予にとって私は兄上の身代わりでしかないというなら、その時が来るのを待つ。
だから今すぐ私を切り捨てると決めないでくれ。
・・・・もうそろそろ宴が始まる頃かな?見てくる。」
ドシドシと足音を立てて立ち去った。
怒った?
でも、付き合う気は無いってはっきりさせないと!
忠平様の時間と労力を無駄に奪ってしまう!
付き合う気が無いのにズルズルと気を持たせるなんてできない!
忠平様に想いを寄せる女性にも悪いし。
「宴の準備が整いました。主殿へお越しください。」
侍女が告げた。
主殿に向かうと、廊下に円座と私の和琴が置いてあり、そこに座って弾けばいいのね?と判断して座った。
御簾は巻き上げられているけど、母屋の中には几帳と屏風で隠された場所と、畳を敷き、銚子と膳が二人分用意してある場所があった。
几帳から遠いほうの席には忠平様が座って杯を傾けていた。
もう一席は兄さまの分?
そういえば姿を見てないという事はまだ出仕から帰ってきてないのね?
私が堀河邸にいることは知ってるのかしら?
几帳と屏風で隠された空間には廉子様と侍女がいるのかな?
直接対面せずに演奏するのかぁ~~!
ま、その方が緊張せずに済みそう!!
几帳の向こうから鈴を鳴らすような声で
「伊予さん?殿はまだお帰りにならないからはじめましょう。私から演奏するわね」
「はい」
答えると、少し静かな間があり、ポロン、ポロンと和琴の寂しげな音が聞こえ始めた。
静かな空間と心に染み入るような寂しい曲で、夜に三日月でもでてれば涙が誘われそうなぐらい侘しくなる・・・・んだろうけど普通は、多分?
私は眠くってたまらなくなった。
あ~~~、眠いっ!
曲の終わりが見えないっ!!
盛り上がりもわからないっ!!
私には到底芸術なんて理解できないのねっ!!
何とか目をつぶらないようにするのが精いっぱいで、音の異変に気付かなかった。
でもある瞬間ピタリと和琴の音が止まり、侍女の
「キャッッ!!!廉子さまっっ!お、お手をっ!!どうされましたのっっ!!」
忠平様がスクっと立ち上がり几帳の向こうへ入った。
私は身分もアレだし、一見の客?だし、気安く入ることはできない。
大人しくそのまま座って成り行きを見守ってた。
(その4へつづく)