EP216:伊予の事件簿「密雲の枇杷(みつうんのびわ)」 その2
当日、堀河邸に牛車が到着すると降りるなり忠平様が待っていた。
廊下を足早に渡って来たみたいなのに、私とまっすぐ目を合わさず、チラっと横目で見てすぐ視線をそらし
「よう!来たな」
ボソリと呟く。
私が横長の大きな包みを持ってるのに気づき
「重いだろ?持ってやる」
ラッキー!ってすぐに渡した。
「これから廉子様に挨拶がてらそれをお返ししにいくんだけど・・・・」
自分の和琴は牛車に置いてあるのを侍女に宴の場所に運んでもらった。
挨拶しに行くのに一緒について来てくれないかな~~~?!
一人じゃ心細いなぁ~~~~!
お目にかかるのも初めてだし・・・
期待しつつ忠平様の目を見る。
懇願の目に気づいたらしく、呆れたような表情をしたけど
「ついていってやるよ。
廉子様は北の対の屋にいらっしゃる・・・・って知ってるか。」
フンッ!!
知ってますよ~~だ!
『北の方』ですものねっ!!
ちょっと頬を膨らませてムクれた。
廊下を渡り、北の対の屋の御簾の前につくと静かに座り
ふぅ~~~~~~。
大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。
北の方かぁ~~~
私のこと嫌ってるだろうなぁ~~~!
イキナリ『泥棒猫っっ!!』とか怒られたらどうしよ~~~!
緊張のあまり少し震えた声で御簾の中に話しかけた。
「伊予と申します。
宮中で椛更衣にお仕えする女房をしております。
今日はお招きいただいてありがとうございます。
宴の始まる前に、廉子様にご挨拶をと思いまして、それと、先日お借りした和琴をお返ししたく参りました。」
・・・・・
返事を待ってるけど何も答えてくれない。
・・・・・
沈黙の時間がたっぷりあって、
『もしかして誰もいないのかしら?』
と疑い始めたころ
忠平様が後ろで声をかけた。
「あの~~。義姉上?いらっしゃいますか?
例の『伊予』が挨拶に参りましたが。
それに、お借りしたものをお返ししたいと申しております。」
御簾の中で誰かが身じろぎする気配がし、鈴を鳴らすようなキレイな声で
「はい。聞いておりますわ。
松、和琴を受け取りなさい。」
年配の侍女が御簾を押して出てきて、忠平様から包みを受け取った。
廉子様が
「まだ宴まで時間があります。
もう少し東の対の屋で待っていて頂戴ね。
・・・・あなたが、伊予さんね・・・・?」
「は、はいっ!そうです!よろしくお願いしますっ!!」
ビクッ!と畏まって、床につくかと思うほど低く頭を下げた。
御簾の中は暗いので明るい外からはよく見えない。
なので表情はわからない。
廉子様の姿は前に一瞬、牛車の簾が揺れて浮いた隙間から見たことがある。
確か私よりも小さい、幼い雰囲気の方に見えた。
顔もちょっと私に似てた。
お声も可愛らしいし、兄さまが堀河邸にちゃんと帰る気持ちもわかる。
多分・・・『私の次に!』一番愛されてらっしゃる。
と思いたい。
ご正室で既に御子様が三人、なので、どう考えても負けてる!という現実はさておき。
以前、兄さまは自分が体調不良になるような細工を薫物にされて、衣に焚き染められても、廉子様をかばった。
それぐらい二人の絆は強い。
「浄見が望むなら妻たちと離縁する覚悟がある」
って兄さまは言ってたけど、本当に口に出してみたらどうなるかしら?
案外『無理だ』って言いそう。
私だって兄さまを独占したいっ!
廉子様は今までずっと独占してきたんだからもう手放してもいいでしょっ?!!!
・・・でも、何年後かに同じことを別の女性に言われれば、すんなり手放す?
やっぱり廉子様は私に怒ってる気がする。
考えてもどーしよーもないことをイロイロ思い煩った挙句、『はぁ~~~~』とため息をつきながら廊下を渡り、東の対の屋で宴が始まるのを待つことにした。
東の対の屋で用意された畳に座り、脇息にもたれてぼんやりしてると、忠平様が入ってきて目の前にドカッと座り
「伊予!枇杷を食べるか?剥いてやる!」
赤っぽい黄色の滴型の小さい果実を持ち、指で皮をむき、皮と同じ色の実を露出した。
無邪気にほほ笑みながら
「んっ!!!」
とその手を私の口の前に差し出すので『口を開けろ』という意味だとわかったけど、
「すみません。私、枇杷を食べると体調が悪くなるんです。だから食べないようにしてるんです。」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら断った。
(その3へつづく)




