EP214:伊予の事件簿「取り替えの春霞(とりかえのはるがすみ)」 その7
俯いていた顎を掴み顔を上に向かせ
顔をよく見た父さまがハッと驚いたあと、眉をひそめた。
「伊予・・・か、先ほどの。なぜそんな格好をしておる?」
茶々は恥ずかしそうにモジモジしながら
「ええと、あの~~~、実は、こうして時々侍従に変装して、大納言様と洛中を歩いております。
女子の姿よりも、身動きがしやすいのです。
今日もこのあと、市へ出かけようと二人で約束しておりまして、対の屋をお借りして着替えました。
警備の下人に勘違いさせてしまい、上皇様には御見苦しいところをお見せして申し訳ありません。」
見事な返事!!!
茶々!ありがとっっ!!
父さまは呆れたようにフッと息を吐き、扇で膝を打つと
「ハハハっ!!もうよい!伊予を放してやれ!調べるのは男だけでよいっ!!
わしはもう帰る。忠平、あとは頼んだぞ!」
わーーーい!!
茶々の活躍で伊予が男装してる既成事実もできたし、私の今後の活動の自由度は格段に上がる!!ハズっ!!
父さまが廊下を渡りながら、密かにほほ笑みながらそばについていた兄さまに向かって
「春霞が晴れたかと思ったんだがな」
ボソリと呟いた。
兄さまはまだ明るい空を、目を細めて見上げ
「こちらからは朧月は霞んで見えても、かぐや姫は、明るく澄んだ月の下できっと幸せに暮らしているでしょう。」
「フンッッ!!
お前のその態度はまだ信じられんっっ」
悔しそうに呟いて父さまが帰っていった。
私と茶々が入れ替わった真相は、忠平様が北の対の屋で私を逃がしてくれるついでに、念のため茶々と衣を交換し、私を先に牛車に乗せたということ。
いったん違うと分かった伊予をもう一度調べようとはしないから、私が伊予に戻ることが一番安全との判断で。
茶々はわざと下人に捕まり、私だけでなく伊予も、男装して出かけるような女性だと父さまに信じ込ませることができた。
牛車に隠れてただけの私は茶々の活躍を後になって聞き、感謝でいっぱいになり
「ありがと~~~~っっ!!」
茶々の手を握りしめ、ブンブン振りながら言うと
「怖かった~~~~!でも楽しかった~~~~っっ!!上皇様にもはじめてお目にかかれたしっっ!!」
面長でほっそりとした顔の扁桃形の目に涙を浮かべながら興奮してた。
茶々を朱雀門で下ろし、大納言邸に向かった。
到着し、牛車から降りると忠平様がギュッと腕を掴み、私を引き留めた。
「お前の本当の名を教えてくれないかっ?!!伊予じゃないんだろ?」
真剣な目で見つめる。
う~~ん、何て言えばいい?と少し考え
「・・・・お分かりになったと思うけど、私と兄さまには長い過去があります。
その過去がなければ、もしかしてあなたとの事を・・・
いいえ。やっぱり考えられないわ!
あなたにとって私は伊予なんです。
初めて出会ったのは伊予なんですから、伊予のままでいいと思いません?」
忠平様は兄さまによく似た薄墨色の端正な目元をひそめた。
内面の苦渋が伝わり、思わず手を差し伸べて苦痛を和らげてあげたい気持ちになった。
吐き出すように
「もし兄上と境遇を取り替えることができるなら、上皇に逆らってでも今すぐお前を堂々と妻にする!」
黒い影が横からヌッと私の前に立ちはだかり忠平様を遮った。
「そうしてお前と一緒に伊予をお尋ね者にし、一生不幸にするつもりか?」
兄さまの詰問に一瞬ひるんだあと
「兄上こそ一生隠し通せると思ってるんですかっっ?!!」
淡々と
「機が熟すのを待っている。
上皇を権力から排除できれば安全は確保できるはずだ。」
忠平様がハッと驚愕し
「まさか、そこまで考えているのか?私が裏切らないとでも?」
「したいようにすればいい。お前がどうしようと私は意思を曲げない。」
しばらくにらみ合っていたけど、忠平様がフッと笑みを漏らし
「わかったよ。思ったより根が深そうだ。
伊予また逢引きしような!」
手を振り踵を返して立ち去った。
兄さまの言葉に急に不安がこみ上げ、背中にギュッと抱きついた。
お腹に回した私の手を握り
「大丈夫。
私の中の迷いという霞はすっかり晴れている。」
決然と呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
霞も霧も靄も結局、雨粒の大きさだけの違いで、生成条件は同じなんですよね?確か。