EP212:伊予の事件簿「取り替えの春霞(とりかえのはるがすみ)」 その5
小路を曲がった別邸から見えない場所に馬をつないだ後
「こっちよ!」
手招きして影男さんを呼び寄せた。
木の陰に築地塀に穴が開いて、板を立てかけてある場所がある。
そこから出入りできる秘密の通路!
そこから屋敷内に入った。
門にはいつも警備の下人が見張ってるのよねぇ~~。
車宿りに父さまが乗る牛車が泊ってないのでまだ来てないハズ。
兄さまと茶々が乗ってきたと思われる牛車は泊ってたから二人はいるハズ。
勝手知ったる屋敷を影男さんを案内しながらコソコソと主殿の縁の下に近づいた。
蜘蛛の巣だらけの縁の下で話を聞くのは辛いなぁ~~!
ここまで声が聞こえるかしら?
縁から主殿の中を覗くと人の気配がないので、兄さまたちは別の対の屋にいるみたい。
ウ~~ンと考えハッと思いつく。
『主殿の塗籠には妻戸が東西二カ所にあるから最悪見つかっても違う方から逃げられる!』
影男さんに
「塗籠に入って妻戸の隙間を開けて盗み聞きしましょう!
来客中に塗籠に入ることはないわ!」
二人で縁から主殿にのぼり、塗籠に隠れた。
妻戸の隙間から差し込むわずかな光しかないので、薄暗い場所で影男さんと二人きり、は兄さまが見たら、また怒り出しそうな状況。
ジッと隠れて待ってるうちに兄さまと茶々の声が近づき、隙間を開けてる妻戸のすぐそばに座りこんだ気配がした。
「茶々、では手筈通りに頼む。私の恋人ということになっているから、そのように振る舞ってくれ」
硬く低い落ち着いた兄さまの声と
「・・・・はい。」
緊張でコチコチの上ずった茶々の声がする。
その後、二人とも何も話さない時間が続く。
はは~~~ん。
逢引き!なんて浮かれてたくせに、いざ二人きりになったら緊張しすぎて何も話せないなんてっ!
なんて初心でかわいい子なのっっ!
ひとりでニヤニヤほくそ笑んでいると、トントンと軽やかな足音がして、ストンと誰かが座り込んだ。
「兄上!この女子が伊予の替え玉ですか?」
お気楽な忠平様の声。
「死んでも上皇にバラすなよ!伊予が上皇のものになればお前も困るだろっ?」
脅す兄さまの声。
「わかってるよ。この女子は伊予だ!半年ほど前から兄上の恋人の、でいいんだな?」
御簾の向こうから従者と思われる男性の
「上皇様がお越しになりました。」
雰囲気がピリッと引き締まり、厳かなゆっくりとした足音と衣擦れの音の後、
「集まっておるか。ご苦労だったな。」
数年ぶりに、響くような低音の張りのある父さまの声が聞こえた。
父さまが席に着くとすぐ
「そちが伊予か?」
茶々が躊躇いがちに
「・・・・はい」
はぁ~~~と長い溜息。
「『かの女子』ではないな。」
「はい。伊予は『かの女子』ではありません。」
「有馬からな、お前が三日にあけず通っておる女子がいると聞いてな、てっきり彼女だと思ったのだ。
宮中に隠しておるとな。
お前の執着ぶりはわしよりも酷かったからな。
覚えておるだろう?誘拐されたときなど・・・・」
慌てたような兄さまの咳払いが聞こえた。
「ウッ!!ゴホッ!!
上皇様、そのことは、どうぞご内密に。
弟や伊予には聞かせたくない話ですので。」
フンっと父さまが鼻で笑い
「彼女が失踪してから、わしは源能有の死も相まって狼狽し、今思うと判断を誤ったかもしれん。」
しんみりと兄さまが
「私も彼女を失った直後は、前後不覚に陥りました。
しかし今は、伊予という生涯愛し通せる女子を見つけ何とかやっております。
上皇様もどうか彼女をお忘れになり、悲しみが玉体を傷つけませぬようご自愛ください。」
扇を開いたり閉じたりするパタッパタッという音が何回か聞こえ
「正直に言うとな、あの子がおらぬと寂しいのだ。
他の、どの実の娘よりも愛おしい。
そばにいてくれるだけでよかったのだがな・・・・」
父さまが私のことを娘として愛してくれてたのを知って胸が温かくなった。
『ずっと守られていたんだ』と実感し、幸せで満たされた。
今なら兄さまとの事も許してくれるかも?
「葛野郡への捜索はご苦労だった。引き続き彼女らしき目撃情報があれば、お前が向かってくれるのだな?」
「はい。彼女に再び会えるものならばすぐにでも飛んでまいります。」
熱の入った兄さまの声。
よくもまぁペラペラと口から出まかせを!!
「では今日はこれまでだ。皆の者、ご苦労だった。」
ホッと安堵して、妻戸の隙間を狭くしようと腕を伸ばし足を動かした時、
ゴゴッッゴトッ!!!
足元に置いてあった壺に足があたり動かしてしまった。
「誰だっ!!」
「塗籠かっっ!曲者っっ!!」
兄さまと忠平様の鋭い叫び声。
わっっ!!
どーしよーーっっ!!
(その6へつづく)