EP210:伊予の事件簿「取り替えの春霞(とりかえのはるがすみ)」 その3
兄さまは扇を掌にトントンと打ち付けながら話した。
「上皇は葛野郡で浄見に背格好が似た女性が見つかったから、浄見かどうかを確かめに行けとお命じになった。
私は浄見が失踪したと信じてることになってるから、行かざるを得なかった。
もちろん地域の長老に話を聞いて、十五六の少女全てに会わせてもらったが、似ても似つかなかったよ。
あれは私に鎌をかけて、その後の行動を見張るためだったのかも。
やられたな!竹丸を宮中へ文使いに出したのを配下の者に見られたんだ!
宮中に浄見を隠してると推測なさったんだろうな。」
へぇ~~~!
「で、有馬さんに『大納言の寵愛する女房』を訊ねたのね?」
兄さまは深刻な顔で頷いた。
私は『でも!』と思いついて
「もしかして忠平様が上皇に伊予の事を話したんじゃない?
だって最初は『上皇に伊予を差し出す』って言ってたし。」
兄さまは私の唇に親指で触れ、ジッと見つめながらウウンと首を振った。
「四郎は浄見が上皇を避けてることを知ってたし、あいつが浄見に想いを寄せるようになってからは伊予の話を上皇にすることはなくなっただろう。
上皇に興味を持たれて困るのはあいつも同じだからな。」
ゆっくりと、玉のように白い肌に伸びかけた髭がうっすらと覆う口元が、私の唇に近づいた。
焦って
「じゃあ、いつ上皇の別邸に行くの?茶々にいつ行ってもらえばいい?」
胸っ!ドキドキうるさいっっ!
思考力が奪われるっ!
「三日後だ。もういい?」
吐息交じりで兄さまが囁く。
熱い息。
興奮を隠した真剣な瞳。
身動きができないほど全身が痺れ、
思わずウンと頷くと
しっとりと熱い唇が口を塞ぐように覆った。
次の日、桐壺更衣に借りていた琴の教本を返しに行くというお使いに桐壺へ渡った。
茶々を見つけて房で話し込んだ。
「・・・というわけで、伊予と名乗って大納言様と上皇の別邸に出かけてほしいの。
こんなことを頼める友達は茶々しかいないの!」
手を合わせ上目遣いで見つめる。
茶々は目を丸くしたけど大きな口の口角をニッと上げて
「わかった~~~!面白そうだからいいわよ!桐壺更衣に休暇をお願いしておくわ!」
言ったあと、目を細めて探るように私を見つめると
「で、理由は聞いちゃいけないの?命にかかわること?上皇に伊予があなただって絶対知られちゃダメな感じ?」
私は思わず深刻な顔になりウンと頷く。
「もし宮中にいることがバレたら、連れ戻されるの。
大納言様とも別れなくっちゃいけなくなると思う。」
どこまで話していいのか兄さまにも相談してなかったので悩んだけど、黙っておくことにした。
茶々は急に瞳がキラキラと輝きだし夢見るように両手を握りしめ上ずった声で
「えぇ~~~~!もしかして~~~~!
上皇の妃となる予定のあなたを大納言様が奪って宮中に隠し、将来は妻にするという計画なのぉ~~~?
あなたは上皇に探し求められ、追い求められてるというコト?
冷たい権力の手によって引き裂かれた悲運の恋人たち?!!
二人の運命やいかに?!!って恋物語みたいねぇ~~!!」
ウットリ寝ぼけた事を言う。
(その4へつづく)