EP209:伊予の事件簿「取り替えの春霞(とりかえのはるがすみ)」 その2
数日後の夜、兄さまが私の房を訪れた。
濃い紫の直衣を身につけ背筋がピンとした姿勢の美しい、冠から白い額に落ちたおくれ毛が色っぽい嫋やかなイケメン公達。
筆で素早く引いたような眉と目は鼻梁の細いツンとした鼻と精悍な顎、薄い唇とともに、内面の繊細さが優美な線として表出した印象を与える。
すぐにも抱きついて甘えたいけど『品がない』と思われることだけは避けたい!!
確かに、目的があって男性をどうにかしようとする、若い美貌の女性はすぐに身体にベタベタ触って、鼻声で甘えがち。
そうすれば大抵の男性は
『コイツ、オレに気がある!』
と舞い上がって操りやすくなるだろうけど、兄さまがそう単純とは思えない。
何より私には自尊心!ってものがあるし、『我慢できない女』と認定されて軽蔑されたくもない。
ってゆーか子供の頃はすぐにベタベタ兄さまに抱きついてた気もするけど。
いちおー大人になったんだし、自重することも覚えたし。
それに・・・いつ頃からか兄さまに抱きつこうとしても避けられることが多くなった気がする。
やっぱりベタベタされたくないんだと思う。
だからできるだけ甘えないようにしよう!!うん。
黙り込んでグルグル考え込んでると、兄さまが
「なぜか上皇に伊予のことがバレてしまった。」
ボソリと呟いた。
ハッとして顔を上げ
「宇多上皇に私が伊予として宮中にいることがバレたの?」
えぇっっ!!
じゃあ!!
連れ戻されるのっっ???!!!
焦り切って思わず
「どーしよーーーっっ!!逃げ出すっ?!!でもどこへ行けばいいのっっ!!」
オロオロしてると
硬い低い落ち着いた声で兄さまが
「いや。まだわからない。上皇に『伊予をつれて別邸に来るように』と命令されただけなんだ。
浄見が伊予であることがバレたとも限らない。」
それにしてもっっ!!
「どーするの?一緒に行くの?似てる別人で通す?でも一瞬でバレそうよねっ!!」
あっ!そうだ!と思いついて
「伊予は病気で宮中から下がったことにすればいいんじゃない?
何なら死んだことにする?
私はどこか田舎に身を隠してもいいわよっっ!!」
ツバを飛ばす。
兄さまは少し微笑み、扇を口に当て
「そんなことしなくてもいいよ。
実は、替え玉をたてようと思ってる。
茶々は浄見の友達だろう?
一日だけ伊予に成りすましてくれないかと頼んでみてくれ。
上皇は自由に内裏にお入りになることは出来ないから、別邸で面会する一日を乗り切れば大丈夫じゃないかな。」
いい考えっっ!!
「早速明日、茶々に頼んでみるわねっっ!!」
兄さまが扇を顎に当て考え込み
「それにしてもなぜ伊予を寵愛していることが上皇にバレたんだろう?」
一瞬、有馬さんが文を慌てて隠したことを思い出した。
「兄さま、有馬さんから恋文を受け取った?」
ニヤけながら肩をすくめ
「妬いてる?でも残念だけど何も受け取ってないよ!」
「違うのっ!『葛野郡へ行くから宮中で大人しくしてろ』という文を受け取った次の日、有馬さんが文を慌てて隠したのっっ!私に見せたくなかったのよ!有馬さんは以前、上皇付きの女房だったから、その関係で伊予のことを大納言が寵愛してる女房と教えたのかも!」
険しい顔で
「ふぅん。なら葛野郡へ行けという上皇の命令も浄見をあぶりだす作戦の一つだったのかもな」
呟いた。
えぇ?それも作戦だったの?
一体何の?
「どういう意味?葛野郡で何があったの?」
(その3へつづく)




