EP208:伊予の事件簿「取り替えの春霞(とりかえのはるがすみ)」 その1
【あらすじ:父さま(宇多上皇)に大納言様が寵愛している伊予の存在がバレた!!伊予が私・浄見だと知られれば権力ずくで連れ戻されるかも~~!!ここはひとつ、身元証明があやふやな現代ならではの方法で乗り切るしかない?!私は今日も危ない橋を、楽観的にフラフラ渡る!!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
青々とした木々や草花を潤す五月の雨がシトシトと降り続く。
雨の前は、黄色っぽい若芽を遠慮がちに見せていた植物が、降りやんだ途端、我が物顔でのびのびと成長し葉を広げ、隙間を覆う様子に興を覚えた。
雨上がりの澄んだ空気は遠くの景色さえもはっきりと見せる。
大舎人の影男さんが雷鳴壺で女房の仕事をしている私に文を届けてくれた。
『上皇(宇多上皇)の命で葛野郡へ出かける。
伊予は少なくとも今日と明日は宮中にとどまっていてくれ。
目立たぬよう、くれぐれも大人しくしているように。
時平』
一体何のこと?
大納言邸に里帰りするなという意味?
わざわざ宮中で大人しくしていろと注意するのと、兄さまが葛野郡へ出かけることに何の関係があるの?
意図がサッパリわからない。
届けたあと、返事を待っている影男さんに文を見せ
「これはどういう意味だと思う?」
つまらなそうな三白眼で
「そのままじゃないですか?何もするなという意味では?」
「兄さまが葛野郡へ出かけることと私が宮中でジッとしていることに何の関係があるの?」
影男さんが顎に指を添えウ~~ンと考え
「わかりませんが、文使いにわざわざ竹丸が来たようです。
大舎人寮に私を訪ね、席を外していましたが同僚に文を預け、私が伊予殿に直接届けるように指定したそうです。」
竹丸は兄さまの腹心の従者だから、文の内容はよっぽど重要なこと?
にしては『ジッとしてろ』なんて曖昧な指示だしワケが分からない!
考えても仕方がないのでとりあえず大人しく過ごすことにした。
次の日、雷鳴壺の各人に灯明用の油を配る仕事で有馬さんの房に行った。
いないと思っていた有馬さんがいて、私が入るとサッと両手で書いている文を隠した。
「あっ!ごめんなさいっ!留守だと思ってました!油を届けに参りました。どうぞ。」
謝りながら油を渡した。
有馬さんは
「いいのよ!別に、見られてもかまわないのよ!大したものじゃないから!ホホホ!」
口では笑ってたけど目は笑ってなかった。
頬もひきつってたみたい。
私が悪いんだけどね。
ちゃんと不在を確かめなかったから。
でも、あんなに慌てられると逆に気になる。
まさか・・・兄さまにあてた恋文?とか?
(その2へつづく)