EP202:伊予の事件簿「妖かしの醤(あやかしのひしお)」 その5
私は真っ赤に怒った顔を上げ
「何よっ!!ソレっ!!いつ私が影男さんにさらわれたってゆーのよっ!!」
言い放った。
兄さまが冷ややかな横目で私を睨みながら忠平様に
「影男のことが好きでそばから離したくないらしい。
今もどこかにいるんじゃないか?
伊予に付いて回ってるだろ?」
横で忠平様が目を丸くして驚いてた。
「へぇ~~~!本当に兄上と揉めてたんだな!
影男?あいつか。
xx寺に椛更衣が参拝に出かけた時(Ep128:「希求の呪文(ききゅうのまじない)」)、伊予を背負って運んでたな。あの時からもうデキてたのか?」
はぁ?
何言ってんの?
キッと睨みつける。
忠平様は口の端に笑みを浮かべながら私を見て
「さっきも『そばにいる人を好きになる』と言ってたな。
本心なんだな。
身分や権力や財産じゃないってことは分かったが、そうなると必要なのは時間かぁ・・・・それはそれで高くつくなぁ。でも私にも可能性はあるってことか。
兄上よりは手ごわい相手じゃなさそうだし」
勝手に影男さんを今の恋人だと断定して考え込んでる。
くっそっっ!!
影男のヤツ!!
どこかにいるんでしょっ!!
こーなったら解雇にしてやるっ!!
ギロっと辺りを見回して歯ぎしりした。
兄さまが従者たちとヒソヒソ話し
「じゃあな四郎!!
邪魔したな!
私たちは『あやかしのひしお』工房へ調査に行く。」
手を上げて立ち去ろうとした。
ヤバッ!!
このままじゃますますこじれるっっ!
焦って手を上げてヒラヒラして
「あーーーっっ!!ちょっ!まっ、待ってよっっ!!私たちも行くからっ!ねっ?忠平様っ?」
忠平様は『はぁ?』と驚き、一瞬でブスッとふくれっ面をしたけど
「だって上皇の命令でしょ?じゃなきゃもう帰るわっ!」
呆れたように肩をすくめ
「じゃあそうしよう。どこにいっても逢引きには違いない。」
とあきらめた。
京の都の東にある『あやかしのひしお』工房は、板壁で四方を囲まれた、裕福な貴族の主殿ぐらいの大きさの、小さい格子窓の付いた建物が三棟並んだ場所だった。
門を入ると、侍所はなく、すぐその醤蔵が並んでいるので、兄さまは一番近くの建物の遣戸の前で声をかけた。
工房の職人が出てきて、中に入って見せてもらえることになり、兄さまたちに続いて中に入る。
蔵の中には直径が人ぐらい、高さも人ぐらいある大きな樽が、通り道の間隔をあけてびっしりと並んでいた。
小さな格子窓から光が差し込むけど、薄暗くて目が慣れるのに時間がかかった。
辺りは醤の、酸っぱいようなコクのあるような、麹の匂いと穀物の発酵した独特の匂いが立ち込めていた。
大きい樽だなぁ~~~~!
凄いなぁ~~~~!
呆気にとられ、見とれていると
「すべての樽で醤を発酵させ熟成させています。
大きい樽の方が中の温度や湿度といった状態を一定に保つことができます。」
振り向くと入り口から、私のように水干・括り袴姿で束ね髪の、涼やかな切れ長の目をした女性が入ってきた。
「どちらが大納言様?」
兄さまが合図し、その女性がそばに近寄った。
(その6へつづく)