EP201:伊予の事件簿「妖かしの醤(あやかしのひしお)」 その4
相変わらず人でごった返す東市の人混みの中を忠平様に隠れるようにしてついて歩いた。
だって兄さまに見つかりたくないし!!
「小豆餅を食うか?かしわ餅はどうだ?」
少し歩いてはこちらを振り返り、気を使ってくれる。
醤の店を見る度にビクビクしてた。
でも、つい、可愛い房のついた巾着や、キレイな色の組み合わせの組紐や、美しい文字で和歌や単衣姿の女性を描いた扇や、螺鈿の飾り櫛や化粧箱、色々なものに目移りしてそのたびに立ち止まって、忠平様とはぐれかけた。
何回も来てるから、別にはぐれても一人で帰れるしぃ~~~!
根性出して歩けばっ!!
蓋の付いた壺を木でできた台の上にたくさん並べ、『醤』と書いた暖簾を吊り下げた店があった。
げっ!!要注意!!
店の前で店主と会話してる狩衣姿の数人の男性に見つからないように忠平様をはさんで歩いた。
・・・・のにっ!!!
「ようっ!!兄上じゃないかっっ!!こんなところで会うとは奇遇だな!」
声をかけこちらを振り向いた男性のうちの一人は、筆で引いたような目元が物憂げな、精悍な顔つきの、背筋の真っ直ぐな公達だった。
ヤバっっ!!!
慌てて忠平様の陰に隠れ背中を向ける。
「何だ、四郎か。ここで何してる?一人か?主の命か?」
忠平様と兄さまが話す間、他人のフリを決め込もう!と背中を向けて対面する店で売ってる雛を見てた。
背中を意識して耳をそばだてる。
「兄上こそ、『あやかしのひしお』の調査か?兄上の見立てはどうだ?何が原因だと思う?」
「そうだ。主上も懸念しておられる。
食った者から話を聞くと、味が美味い醤である上に、食った後、色とりどりの幻覚が見え楽しくなり、また次も食いたくなってたまらなくなるというからな。
それだけじゃなく妊婦が食って流産したというのが野放しにできない一番の理由だ。
普通の醤に何かを混ぜているんじゃないかと考えてる。
おそらく、幻覚作用の強い麻か、ベニテングダケ、ワライタケ、走野老、まだ知られていない薬草、唐物薬のたぐいだと考えているが、お前はどう思う?」
「そうだなぁ。それもありうるが、未醤を作っている工房で話を聞いたことがあるんだ。
毎回、同じように温度と湿気を管理していても、種麹と炊いた米を混ぜ麹を増やす段階で失敗して毒ができることがあるそうだ。
その毒が原因じゃないかと考えてるんだが、どうかな?」
「ふぅん。その線もありうるな。
よし、これから『あやかしのひしお』を製造する醤工房へ調べに行くんだが一緒に行くか?
どうせお前も調べてるんだろ?」
えぇ?マジ?忠平様行っちゃうの?
どーしよーーー!!
牛車は置いていってね!って言わなくちゃっ!
焦ってると
背中から頸に腕を回されて引っ張られ兄さまの近くに連れていかれた。
肩を持って正面を向かされた。
『えぇ~~~っとぉ~~~・・・何て言おう?』
言い訳を探しながら
うつむいてモジモジする。
忠平様がニヤケた声で(多分ニヤニヤしながら私を指さしてる)
「私はムリだ!!今、こいつと逢引き中なんだ!!」
得意げに言い放った。
まだ顔を上げられずジッとしてる。
「ハァ~~~~~~」
兄さまの長い溜息が聞こえ
「四郎、気をつけろよ。清丸はすぐ影男に横からさらわれるぞ。」
何っ?!その言い方っ!!!!
ムッとしてサッと顔を上げ言い返そうと口を開いた。
(その5へつづく)