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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
番外編(恋愛)

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Ep20: 番外編 白菊の君

浄見が伊予として宮中に出仕したばかりで、時平も浄見の前に姿を見せなかった頃。


謎めいた美人と噂の伊予には、ひっきりなしに公達から誘いの文や贈り物が届いた。


兵部卿宮をはじめとする遊び人もいれば、地位は地味だが、堅実そうな公達からの文も届いた。


ある日、螺鈿(らでん)と金の細工をあしらった豪奢な櫛と文が贈られた。


文には


『いつもあなたのことを想っています』


と書いてあった。


浄見は、昔から螺鈿(らでん)が好きだったので少し心が躍った。


また別のある日には


(たちばな)清々(すがすが)しい爽やかな香りにふれると、あなたの事を思い出します』


という文とともに蜜柑(みかん)甘葛煮(あまづらに)が贈られた。


浄見は小さいころから菓子の中でも蜜柑(みかん)が一番お気に入りだった。


また少し心が躍った。


しかし、その文には名前が書かれておらず、誰の贈り物なのかわからなかった。


兵部卿宮は季節になると生のビワをたくさん伊予に持ってきてくれたが、浄見は体に合わず、食べると気分が悪くなるので女房達に全部食べてもらった。


また別のある日、文に白菊が添えてあり


『あなたとともに夜明けの白菊を手折りたいものです。

あなたの事を想いわずらい長く明けぬ夜が恨めしい。』


とあった。


浄見は鼓動が速くなり、胸が苦しくなった。


浄見は自分のことをこんなによくわかってくれている白菊の君は誰だろうと思った。


『もしかして・・・』と思った。


白菊の君に早く会いたいと思った。



浄見が取次番をしていると、


「これを伊予殿に渡してください」


といって、螺鈿(らでん)で白菊をあしらった文箱が御簾の間から差し入れられた。


箱を開けると、文と白菊があり、


『あなたが私を受け入れてくださるなら、お返事をこの文箱に入れて御簾の外に出しておいてください』


とあった。


浄見は御簾を飛び出して、立ち去ろうとしていた公達を追いかけた。


後姿が廊下に差し掛かったところで、浄見は追い付いて


「兄さま!待ってください!兄さまでしょ!」


振り返った公達はにっこりと微笑んで、


「私は右中弁希世(のりよ)と申します。贈り物は気に入っていただけたでしょうか?

先頃の歌合せの際に御簾の隙間からあなたのお姿を拝見して一目で・・・・・」


浄見には何も聞こえなかった。


時平ではなかった。


螺鈿(らでん)も、蜜柑(みかん)も、白菊も、時平と浄見だけの思い出だった。


浄見にはショックだった。


知らないうちに涙があふれていた。


本当は自分でも気づいていた。


螺鈿(らでん)は好きだが、金と取り合わせた細工は好きではなかった。


子供のころから蜜柑は生で食べるのが好きだった。


何度も見て心に刻まれている、時平の手蹟を他人と見間違えるはずがなかった。


とっくに気づいていた。


文や贈り物の贈り主が、時平ではないことに。


それでも、浄見はわずかな望みに期待していた自分に驚いた。


自分がどれだけ時平を求めているかに気づいて愕然とした。


どんな些細なものにも、時平の痕跡を探していた。


恋しくて、ただ、一目会いたかった。


浄見は


「ごめんなさい」


とだけいって、(きびす)を返して走り去った。


右中弁希世(のりよ)は、廊下の曲がり角に向かって


「『兄さま』とはあなたの事ではないのですか?時平さま」


と言った。


柱の陰から時平が姿を見せ、


「あなたが伊予を好きだというから、私はお手伝いしたまでです。」


右中弁希世(のりよ)


「あなたは明らかに伊予殿の好みを熟知しておられた。昨日今日の関係ではないのでしょう?」


と言うと、時平が


「あなたは若いのに誠実な公達だと思ったから、伊予にふさわしいと思って協力したのです。

それ以上のことを聞くならもう協力いたしません。」


右中弁希世(のりよ)


「彼女の涙を見てもまだ、

私に伊予殿をゆずるというのですか?」


時平は何も言えなかった。


帝が菊見の宴を催し、時平や兵部卿宮も伺候(しこう)した。


時平は硬い表情で黙って盃を空けてばかりだった。


帝が


「時平は失恋したらしく、この頃いつも何も言わず酒を飲んでばかりなのだ。宮どう思う?」


と兵部卿宮にいうと、宮は


「大納言殿を袖にする女子はこの宮中のどこにもいますまい。主上(おかみ)の思い違いでは?」


といい、時平に向かって


「私も苦しい片恋をしているのですが、この苦しみもまた心地よく、気持ちが通じる日が一層楽しみになるものですよ。」


と笑顔で言った。


帝が


「宮は、百戦錬磨の達人だからそのように余裕なのだなぁ。でも朕は時平のように苦しさで我を忘れるくらいの恋がしてみたい。」


時平は聞いてるようでも聞いてないようでもあった。


ただ、浄見の泣き顔が頭から離れなかった。


自分が浄見を泣かせたと思うと苦しくなった。


兵部卿宮が


「私は少し野暮用がありますので、主上(おかみ)、失礼いたします」


と言って立ち去ると、時平は嫌な予感がして


「私も野暮用を思い出しましたので、主上(おかみ)、失礼。」


と言って立ち上がり、兵部卿宮の跡をつけた。



<Ep11:女房伊予>へ続くという感じです。

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