EP199:伊予の事件簿「妖かしの醤(あやかしのひしお)」 その2
焦って全速力で言い訳する!
「あれはっ!口づけしないと影男さんが身体警護を辞めるっていうから、それを引き留めるためにしたのっ!頬によっ!!軽く触れただけだしっ!イヤらしい意味はなかったの!」
兄さまが背筋が凍り付きそうなほど冷ややかな目で睨みつけ
「なぜ辞めるというのを引き留めるんだ?好きなのか?」
「だって!せっかく慣れてきたのにっ!今別の人に交代されたら、イヤな人だったらどーするのっ?!!」
ため息をつき
「だから、好きなんだろ?わかった。もういい。時間だからもう行く。」
怒ったようにドシドシと足音を立てて出ていった。
何よーーーーっ!!
全然許してないじゃないっ!!
『好き』は『好き』でもそーゆー『好き』じゃないでしょっっ!!
何が『わかった』のよーーーっっ!
『もういい』って何?!
どーするって言いたいの?
嫌いになった?・・・・の?
不安と心配で朝餉も喉を通らなかった。
何をしてても急に胸が苦しくなって涙が出た。
・・・・こんなに簡単に失うなんて思わなかった。
涙と鼻水を啜り上げつつ、
何とか忠平様に贈る手巾の刺繍を終え、広げて出来を確認する。
う~~~ん、藤の花は細かすぎて紫のゴミがついてるようにしか見えないなぁ。
これでも一番うまくできたハズなのに。(最後だから)
ちょうどそこへ、侍女が忠平様の来訪を告げた。
えっ?!
備後国から帰ってきたの?
文で知らせもせず?!!
ビックリしたけど私の対の屋に通してもらって、御簾越しに待ってると、トントンと軽やかな足取りで菜の花色の狩衣姿の颯爽とした公達が廊下を渡ってきた。
御簾の前の廊下にストンと座ると
「伊予!久しぶりだな?二月ぶりかな?」
褐色に日焼けした肌と、肉のそげ落ちたくっきりとした顎の線が男らしい精悍さを増し、兄さまより少し彫りの深い目元はイケメンという意味では忠平様の方がそうかも。
嬉しそうに歯を見せて笑い、扇で頸を照れたように掻いてる。
「土産をたくさん持って帰った。海苔やわかめ、魚の干物、牡蠣の佃煮、いかなごの佃煮、塩、は厨に置いてきた。
とくに海岸地域では塩浜があるから未醤と魚醤がうまいんだよ!後で食ってみるといい!」
未醤・魚醤は醤という麹と食塩を利用した発酵調味料または発酵食品の一つで、宮中には食事を取り扱う大膳職にて醤を専門に扱う一部署「主醤」があるくらい重要視されてる。
未醤は大豆や米、麦等の穀物に、塩と麹を加えて発酵させて作るけど、液体になる前の粘度の高いもの。
魚醤は魚を使った醤。
「備後ではご活躍なさったそうですね?すっかり逞しくなられて、見違えました!
それに、たくさんの美味しそうなものをありがとうございます。」
素直に感嘆の声を上げた。
う~~~ん、いいものをたくさん頂いた後に出しづらいけど・・・・
「これ、刺繍した手巾です!帰京されたらお渡ししようと思ってたので。」
御簾の下からくぐらせて渡した。
忠平様は手に取って広げ、マジマジと見つめるので恥ずかしくなり
「あの~~~粗末な出来ですけど、一応、心を込めたつもりですので、雑巾にでもなんでもしてください。」
だって、上質の品を見飽きるほど見てるだろう忠平様に、初心者のなかでもさらに下手くそな部類の作品を差し上げるという、その根性と度胸だけでも認めてほしい!
うん。
自己満足してウンウン頷く。
でも、ぜ~~~ったい貶される!
覚悟してると
「藤の花?!!だなっ?ありがとうっ!棚の上に飾っておくよっ!眺めては伊予を思い出すとしよう!」
照れながら呟く。
えっ?
予想外の、可愛らしい反応!!
「伊予には別に、これを買ってきた!」
忠平様が袂を探って中から一辺が三寸(9cm)ぐらいの小箱を取り出した。
(その3へつづく)