EP193:伊予の事件簿「決裂の偶像(けつれつのぐうぞう)」 その7
うつむききがちに歩いてくる。
玉のようにすべすべとした白い額に落ちる後れ毛や、涼やかな薄墨色の目元に惹きつけられた私の視線に気づいたのか、兄さまが顔を上げた。
一瞬目が合うと、慌ててすぐに逸らされた。
近づきチラッと私の恰好を見て
「あぁ、じゃあ出かけようか」
抜け殻みたいに無表情にボソリと言う。
大人しく後ろをついていった。
「浄見、馬に一人で乗れる?竹丸に口をとらせよう。」
竹丸が不満そうに
「なぜ『清丸』という従者がいるのに私が行く必要があるんですか?それに歩くのはめんどくさいです。一人で乗れないなら若殿と一緒に乗ればいいでしょ!」
申し訳なくなって
「今度、馬の乗り方を教えてくれる?一人で乗れるようにするから。今日は、一緒に乗ってくれる?」
ムッとして
「私の方が重いから馬が可哀想です。若殿と乗ってください。」
キッパリと言い放つ。
兄さまが視線を合わせず
「じゃあ後ろに乗って!急ごう!」
仕方なく後ろによじ登り、遠慮しながらお腹に手を回した。
「ちゃんと掴まないと落ちるぞ。」
呟いた背中からは感情は見えなかった。
最初に捜索に訪れた寺は、渤海国への貿易船に同乗し唐へ渡って仏教を勉強して帰国した律師がいる寺だった。
その律師・真善が唐・新羅・渤海国といった外国への留学僧の世話をしたり、来日した異国人僧侶を受け入れたりしているらしい。
見た目は完全に普通の寺と同じで異国情緒はどこにもなく、兄さまは真善に新しく入った僧侶たちとの面会を願い出て話を聞いたり、何かあったら知らせるようにと頼んでいた。
私が唯一、心惹かれたのは、お堂にある金色に輝く観音菩薩像だった。
人々がその中に理想を見出す、完璧な仏。
次に訪れたのは、異国から来た建築や鍛冶などの技術者たちを受け入れてる、自身も最近帰化したばかりの貴族・多治安枝の屋敷で、屋敷自体は日本風だったけど、置いてあるものは珍しいものが多かった。
唐の白磁や青磁の椀・皿・灯明皿、西域の青緑釉壺、新羅の陶器甕、香炉や嗅いだことのない香料、モフモフの毛皮、などを多治安枝は惜しみなく見せてくれた。
多治安枝は受け入れた技術者を必要な工房・現場に紹介したり派遣したりするらしい。
私が特に気になったのは、銀色の毛足の長いキツネの毛皮(顔がついてるヤツ!)で、モフモフして手触りはよかったけど、生きてたときの姿を想像して
『うわぁ~~~~!』
と可哀想でちょっと引き気味?だった。
兄さまは真善にしたのと同様の質問と依頼を多治安枝にし、私たちはそこを後にした。
(その8へつづく)