EP190:伊予の事件簿「決裂の偶像(けつれつのぐうぞう)」 その4
几帳の帷を撓めて入ってきたのは、肩幅の広い、胸板の厚いガッチリとした筋肉質の体躯が、柔らかい水干越しにもわかる舎人姿の男性。
俯いてても尖った顎と尖った鼻が特徴的なのは確かに影男さんだけど・・・・
顔を上げ私と目が合うと無表情な三白眼の黒目が少し大きくなった。
「伊予殿、桜と私はその、これから・・・ええと・・・」
影男さんにしては何だか歯切れの悪い言い方だけど、表情はいつものつまらなそうな顔に戻ってた。
桜が嬉しそうにウキウキと
「あのねーー!実はねーーー!私たち付き合ってるのっ!だから伊予、今夜の取次番、お願いしていい?私たちこれから、ね?わかるでしょ?」
頬を赤らめながらモジモジと言う。
はぁ???
何?どーゆーこと?
影男さんが?桜と?
つい先日私のこと『そんな気がおきた』って言ってたでしょ?
アレって『好き』って意味じゃないの?
えーーーー?!
違うの?もしかして?!
単に『女性』として見ることが『可能』とかいう意味?
メチャクチャ失礼なんですけどっっ!!
はぁ~~~。
でも何かホッとした。
本気で好きとか困るしね~~!
「じゃ、じゃあおジャマ虫は退散しますっ!取次番ね!了解っ!」
へへへと愛想笑いを浮かべて桜の房を出て御簾の前で座り込んだ。
・・・・でも、何だかちょっと寂しい気もする。
ダメダメっ!
それはさすがに浮気でしょ!
寂しいなんて思っちゃっ!
うん。ホッとした。
良かったぁ~~!
別に特別な意味じゃなくて!!
モヤモヤしてると御簾の向こうの廊下からゴホンと咳払いがした後
「桜に取り次いでもらえるか?」
少し年配の男性らしい声。
えっ!
ヤバッ!
どーしよーーーっ!桜は今っ!
と焦ったけど、めいっぱい落ち着いた声で
「桜は今夜、実家に帰っております」
扇でトントンと手を打つ音がし
「おかしいなぁ~~、いつもこの日は逢瀬を約束してるんだがなぁ。もう一度、房を確認してくれるか?」
確認もなにも!確実にアレしてるし多分っ!
「ええと、先ほど確認いたしまして、今は誰もいないハズですので、今夜はお引き取りください・・」
チッと舌打ちが聞こえた後
「ちょっと失礼っ!」
御簾を荒々しく押し上げ、兵部卿宮が肩をそびやかして入ってきた。
焦り切った私が
「ちょっ!ちょっと待ってくださいっ!桜は今取り込み中でっ!!取り次ぎますからっ!大人しく待っててください!」
当然最後まで聞かずにドシドシと桜の房に近づき、ザッと几帳を素早く押しのけた。
ぅわぁ~~~~!
修羅場だぁ~~~!
ワクワク!じゃなくハラハラしてると
「逃げた男は誰だっ!名前を言えっ!」
桜を怒鳴りつけている。
ということは影男さんは無事逃げられたのね。
ホッ!
ん?有馬さんともこんなことがあったわよねぇ確か。
また、逆方向から逃げたのね!
間に合ってよかった。
・・・ちょっと残念だけど。見たかった・・・修羅場。
その後シクシクとすすり泣く桜の声と、優しくなだめる宮の声がしたと思ったら、何だか別の声にかわったような気がしたので居心地が悪くなり、こっそりと抜け出し廊下にでた。
湿った土の匂いがする、雲で月が隠れた夜闇の中、廊下でぼんやり庭を見てると、廊下の向こうから黒い影が近づいてきた。
ギョッとしていつでも逃げ出せるように姿勢を正して警戒する。
「いつでも逃げ出せるよう警戒を怠らないのはいい心がけです。」
低く、小さくひそめた影男さんの声がした。
(その5へつづく)