EP188:伊予の事件簿「決裂の偶像(けつれつのぐうぞう)」 その2
「伊予・・・?だけか?他の女房はいないのか。ちょうどよかった。」
椛更衣は桐壺更衣に琴を教わりに出かけていて雷鳴壺で一人お留守番してたところ。
その公達が動くたびにかぐわしい香の匂いが鼻をくすぐり、精悍な頬と、すべすべした白い肌が、筆で素早く引いたような薄墨色の目元を際立たせ、思わず見とれてしまった。
私の前に胡坐をかいて座り込む兄さまを、もう何十回?数えきれないほど見ているハズなのに、まだ新鮮な魅力に心を奪われてしまう。
『ハッ!』
と我に返り、来客用の器に水瓶から白湯を注いで、兄さまの目の前に差し出した。
自分には大納言邸から持参した愛用の器に白湯を注いだ。
兄さまが白湯を飲みながら
「四郎からの文を読んだ?
渤海国からの逃亡犯が都に潜伏しているかもしれないから洛中に出て捜索することにしたんだ。
帝に頼み込んで捜索の指揮をとらせてもらおうと思ってる。
危ないから勧めたくはないんだけど、異国からの留学生や使節を迎える筑紫国の鴻臚館まで行くわけにはいかないが、洛中にある帰化した異人の屋敷を調べるつもりだから、珍しいものを見れるかもしれない。
もし一緒に行きたかったら・・・」
珍しいものっ?!
見たいっ!
そりゃ!絶対っっ!
「行くわっっ!」
即答する。
「侍従としてお供するわねっ!いつ?」
すっかり舞い上がった。
兄さまが苦笑して
「三日後だから、それまでに大納言邸に里帰りして待っててくれ。」
楽しみ~~~!
久しぶりに兄さまと洛中で捜査!
一日中ずっと一緒!
ワクワク!
楽しみすぎて白湯を飲みながらソワソワしてると、ふと器に一筋の線が入ってるのに気づいた。
この器は数か月前、大納言邸に里帰りしたとき、私用の器を一つ選んでいいと年子様が言ってくれたので選んだもの。
青瓷と呼ばれる猿投窯で焼かれた陶器の椀で、鮮やかな緑色の上に縁から黒っぽい釉薬が流れ落ちるように塗られていて、そのムラが不規則なようで規則性のありそうな何とも言えない趣がある逸品!
一目で気に入ったので
「これがいいです!」
と言うと、年子様が怪訝な顔で
「越州窯青磁もあるわよ?それはまねて作られた国内製の青磁よ?値段が全然違うけどいいの?」
う~~~ん、価値があるものはもしもの時に銭に換えたりできるってこと?
少し考えたけど
「普段使いするので、価値があるものよりも気に入ったものがいいんです!」
年子様は軽く笑って
「じゃあ好きにしなさい。」
と頂いた器。
せっかく大事に使っていたのに、キラキラと艶のある緑と黒の口当たりが程よく薄い椀の縁から底に向かって一筋の亀裂が入っていた。
白湯を入れるとポタポタと漏れてしまった。
ショックで思わず
「え~~~~っ!!
お気に入りの器にひびが入って漏れてる!!
どこかにぶつけたりしたかなぁ?!」
幸先悪いなぁ~~~。
兄さまと出かける予定の洛中で異国からの逃亡犯が襲ってくるとか?
危険な目に遭わなければいいけど!
(その3へつづく)