EP187:伊予の事件簿「決裂の偶像(けつれつのぐうぞう)」 その1
【あらすじ:筑紫国の港に異国からの逃亡犯が上陸し、都へ向かったとの報告を受けた時平様は洛中を捜索することになった。珍しいものが見られるとの誘いにホイホイのった私だったけど、気まずい空気で息苦しい。それぞれの理想を押し付けあうのが、もしかして人間の本性?精一杯『のほほん』としていたい、私は今日も決断する!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと大納言・藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
青みをおびた桃色の大きい花弁を反り返らせ、他を押しのけ、ひしめき合いながら競うように咲く躑躅が、葉を隠すぐらい多くの花をつけているのに厭れながらも感嘆を覚えた。
一つの花でさえ美しいものが、より美しくなろうと競い合う飽くなき向上心には感銘を受けるけど、少し離れたところにポツンと咲いている躑躅の奥ゆかしさを、より愛おしく思った。
先日頂いた三稜鏡(プリズム)と玻璃(ガラス)の製法のお礼の文を忠平様に送ると、その返事がまた届いた。
『気に入ってもらえてよかった。
私はそれなりに元気にやっている。
ただ一つの不満は、恋しい人から優しい言葉の一つすらかけてもらえないことだ。
最近気になる報せを受けた。
三稜鏡を買い付けさせた商人の話では、先日、渤海国からの密貿易船が堂々と鴻臚館(筑紫国に置かれた民間貿易が行われた施設)に入港し、その船に潜んでいた危険な犯罪者がわが国へ上陸したらしい。
何らかの罪で渤海国を追われ行き場をなくし密航したようだ。
都へ向かったとの噂もあるが、兄上にも伝えてあるので、伊予は心配しなくていい。
罪名が明らかになり次第、追って連絡する。
うまくやってるなら、兄上から話を聞けばいい。
どうだ?
兄上との仲は?
そろそろお互い嫌なところがでて、醜い『蛙』だとしか見えなくなったんじゃないか?
私なら蛙になった伊予でも、一生手元に置き手厚く世話してやる!
忠平』
はぁ?
もし蛙になったら池に逃げ込んで自由を謳歌するわっ!
だれが人に飼われるもんですかっ!
とフツーに突っ込んでもそーゆー意味じゃないのね。
蛙化現象?
蛙のように醜く見えて嫌いになるってこと?
そうねぇ・・・。
私もやっぱり時平ガエルを蓋つきの水瓶かなんかに閉じ込めて世話するわよねぇ。
蛙になっても可愛いから。
そもそも蛙を可愛いと思ってる人に『蛙化現象』はちょっとプラス作用?
とりとめのないことを空想しながら一人でニヤケてると、サヤサヤという衣擦れの音に混じった軽い足音が聞こえ、蛙じゃなく背筋のピンとした直衣姿の、たおやかな公達が雷鳴壺の廊下に現れた。
(その2へつづく)