EP185:伊予の事件簿「疆界の三稜鏡(きょうかいのさんりょうきょう)」 その7
その公達は私から少し距離のある場所で立ち止まり扇で口を隠した。
「なぜわかった?」
消えつつある虹の根元に立っているその人は幽世にいるように儚げに霞んだ。
「貴重な水晶をありがとうございました!虹が現れた場所に立つものは『市場』つまりここのことでしょ?兄さまへの贈り物は一体何なの?」
忠平様は少し首を傾げた。
フフッと思い出し笑いして
「あなたは勘違いしてらっしゃるわ!文で、先に出会っていたらあなたを選んでいたはずと言ってたでしょう?」
また首を傾げた。
「あなたがどれだけ貴重なものや美味しいものを惜しげなく与えてくれたとしても、
もしあなたと先に出会っていても、
私は時平様を選びます!」
何の反応もない。
「あの人は私のために、私を手放そうとしたの。
自分のためだけに手に入れようとはしなかった。
もし逆の立場で、私があなたと愛し合っていたなら、
時平様はとっくに諦めて、眉一つ動かさずに接するでしょう。
愛しているなどと一度も告げることなく。
あなたにはできないでしょう?」
忠平様が低く硬い声で
「諦めることなど誰にでもできる。
機会を与えないなんて不公平じゃないか?
一度試してみればいい。本当に私ではダメなのか。」
ウウン!と首を横に振り
「違うわ!あの人と他の人では全然違う!わかるもの!頭じゃなく、心でわかるの!」
扇でパタパタとこちらを扇ぎ
「じゃあ、後ろを向いて」
なぜか言いなりになって後ろを向いた。
素早く近づく気配がし、後ろからギュッと抱きしめられた。
違うっ!
兄さまじゃないっ!
忠平様よっ!
自分に言い聞かせたけど
鼓動が速くなり、音が聞こえそうなくらい大きく脈打った。
ドキドキが止まらない。
触れられた部分が敏感になる。
胸に回された腕や手、背中にあたる胸、肩に置かれた顎、耳の近くにある頬。
触れられた部分から痺れが広がる。
熱い息を耳で感じ吐息を漏らしそうになった。
自己嫌悪に陥った。
何て尻軽な浮気者なの?!
結局誰でも同じじゃない?
時平様じゃなきゃダメ!とか言って誰でもいいんじゃない!
恥ずかしくないのっ?!
自分を責めても身体の反応を抑えられなかった。
本当に時平様だけを愛してたワケじゃなかったのね?
似た人なら誰でも・・・いいえ、そうでなくてもいいのかもしれない!
影男さんにも簡単に口づけしたし。
兄さまだけを愛しているという自信が揺らいだ。
誰にでもときめくような女は兄さまだって嫌いになるはず。
知らないうちに涙がこぼれてた。
悔しくて、悲しくて、自分が信じられなくて。
自分のことが大嫌いになった。
忠平様が少し慌てたように耳元で
「・・・ごめんっ!浄見、泣かないで!
嘘ついた。私だ。」
顔だけで振り返り目を合わせる。
筆で素早く引いたような涼しげな目元。
鼻梁の細い鼻と薄い唇。
すっきりとした顎の線。
忠平様に似ているけど細めた目の優しさは間違いなく兄さまのものだった。
「・・・してっ!」
「えっ?何?」
聞き返されたのがもどかしくなって、自分から頸に腕を回して体ごと引き寄せ、
唇に口づけた。
(その8へつづく)