EP183:伊予の事件簿「疆界の三稜鏡(きょうかいのさんりょうきょう)」 その5
何っ?!!
また追手っ?
あきらめてなかったのっ?
それとも気づかれたのっ?
静かに息を潜めてジッとした。
影男さんが低く掠れた声で
「伊予・・・さん」
ん?どうしたの?
不審に思って
「・・・・何?」
言いながら顔を上げると三白眼の黒目が大きくなる焦りの表情の上になぜか頬に赤みを帯びていた。
「どうしたの?追手が来たんじゃないの?!」
ビックリして胸から逃げようともがくと片手とは思えない強い力で抱きしめられて動けなかった。
「影男さんっ?冗談はやめてっ!放してっ!」
押し殺した低い声で
「・・・・私はこの任を退きます。大納言に誓いましたからね。それでいいですか?」
やっと抱きしめる腕の力を緩めてくれたので、胸から飛びのいた。
そのまま後ろに下がって
「どーゆー意味?誓ったって・・・何を?・・だっけ?」
影男さんが棒読みで
「『伊予殿にそんな気は今後も決して起きません。もしそうなったらその時は大人しく身を引きます。』と言ったでしょう?」
う~~~ん、そんなことがあったような・・・なかったような。
「あんまり憶えてないけど、私の身辺警護をやめるってこと?
えぇ~~~~~~っ!
せっかく慣れたのに?他の人になっちゃうの?変な人にあたったらイヤなんですけど!!」
頬を膨らませ口を尖らせた。
んっ?
と気づき
「つまり、『そんな気』が起きたの?」
影男さんが赤い顔のまま目を逸らしてコクリとわずかに頷き
「誤魔化せると思ったんですが、やはり大納言は鋭いですね。
後任が決まり次第、伊予殿の身辺に近づけますので、その者とうまくやってください。
じゃあ、私はこれで。
馬は朱雀門の近くにつないでおいてください。後でとりに行きます。」
そのままどこかへ立ち去ろうとするので
「待って!待ってっ!私の気持ちはどーなるのっ!他の人はイヤだっていってるでしょっ!」
立ち止まりゆっくりと振り向き
「私がそばについて守っていてもいいんですか?」
ウンと頷く。
影男さんがはぁ~~とため息をつき
「大納言にバレたらなんと言うんですか?やっぱりダメです。私は辞めます。」
踵を返して立ち去ろうとする。
「ちょっっと!待ってっていってるでしょっ!」
イラ立ってつい大声を出した。
立ち止まり背中を向けたまま
「じゃあ、う~~ん、そうですねぇ。口づけしてくれますか?それならこのまま身辺警護を続けましょう。」
はぁ?
何コイツ!キモっ!
できるわけないでしょっ!!
ムッとして、そう言おうと口を開くとこちらを向いた影男さんがニヤニヤしながら見てる。
ヤバッ!
言わせようとしてたのねっ!
無理難題吹っ掛けて断ったら辞めるつもりねっ!
はは~~ん。
こっちはその計算まで読めてるんだからっ!
「くっ口づけぐらいっ!できるわよっ!何度もしてるしっ!兄さまとねっ!
してあげるからっ、め、目をつぶりなさいっ!」
辞めさせないわよぉ~~~~!
こうなったら意地でもっ!
肩を怒らせズンズンと影男さんに近づいた。
目の前でぴたりと止まりウンと頷くと、影男さんは少し目を丸くしたけど、また意地悪そうにほほ笑み、グッと目をつぶった。
肩に手を乗せた。
背伸びして、顔を上に向け、
唇を影男さんの唇にゆっくりと近づけた。
(その6へつづく)