EP182:伊予の事件簿「疆界の三稜鏡(きょうかいのさんりょうきょう)」 その4
影男さんが馬を木につなぎ私を降ろしながら話してくれた。
「古来より虹は天と地の架け橋と考えられました。
天界や冥府といった他界と俗界の境界領域に虹が出現するので、そこで市場を開き、降臨した神々や死者をもてなすのです。
柿本人麻呂は『軽市』で亡き妻を偲ぶ長歌を詠んだそうです。
今でも貴族が虹を確認すると天文博士に吉凶を占わせるでしょう?」
「ふ~~ん。だから『東市』なのね?『西市』でもいいんでしょ?」
「ここに何もなかったら西市に行ってみましょう。」
小路沿いに様々な人々が店を連ね、商品を買い求める人々でごった返していた。
菜っ葉や大根・里芋などの野菜を売ってる店や、鮒や鯉などの魚を売ってる店、海藻や貝などの海産物を売ってる店など様々だった。
陶器の皿や器・水瓶、木でできた箱や椅子、机など色々な品物があった。
螺鈿細工の飾り櫛や可愛らしい刺繍の巾着、香木でできた扇など嗜好品もあり、思わず立ち止まって釘付けになった。
『はっ!』と本来の目的を思い出し
「忠平様の贈り物ってどこかしら?見ればわかるもの?」
影男さんはそれまでも後ろを気にしては時々振り返っていて
『何をしてるのかなぁ?』
と思っていたところへ、急に私の腕を掴み小走りになると
「速く走って!次の小路を曲がり物陰に隠れますよっ!」
えっ?!
驚いて
「何っ?どーしたのっ?」
後ろを振り返ろうとしたのを
「見るなっ!!」
グッと腕を引っ張って制され慌てて引っ張られる方向へ走った。
小路の角を曲がり、薪が山になって積んである陰に隠れた。
薪の陰から曲がり角を見ていると一人の水干姿の男が走ってきて立ち止まった。
小路の曲がり角でキョロキョロと辺りを見回している。
「顔を出すなっ!」
背中の衣を引っ張られ薪の山に体を押し付けられた。
両腕のなかに閉じ込められ動けない。
緊張した顔つきで聞き耳を立てている。
ジッとして男が立ち去るのを待つ。
贈り物を奪いに来た連中?
誰なのかしら?
普通の貴族の従者ぐらいの恰好だったわね。
う~~~ん、他に特徴はなかったし・・・。
『あっ!』
気づいて
「もしかして私が付けられてたの?!大内裏からずっと?」
ヒソヒソ話す。
影男さんがウンと頷き
「上皇侍従の使者の後をつけ、内裏に文箱を届けたのを見たんでしょう。伊予殿が上皇侍従と関係があることを知っていたのかもしれません。」
しばらく息をころして待ってると影男さんが動き小路の角を見て
「大丈夫。立ち去ったようです。」
ホッ!として
エイヤっ!と
もたれていた薪の山から体を離した。
私が押した薪の上に積まれてた薪のバランスが崩れて
ゴッ!ゴトッ!ゴトッ!ゴトトッンッ!
上から太い硬い木の棒が何本も落ちてきた。
『あたるっっっっ!!!痛っっっ!』
思わずしゃがみ込んで頭を両腕で覆った。
痛みを覚悟しながらグッと歯を食いしばっていたけど、いつまでたっても木の棒が落ちてこない。
両腕を開いて上を見ると、影男さんが腰を曲げて覆いかぶさり背中で受け止めてくれてた。
「っつーーーーーっっ!」
言いながら腰を伸ばし薪を受け止めた頭や背中を気にしてる。
「ごめんなさいっ!私のせいでっ!大丈夫っっ?!」
慌てて立ち上がって影男さんの背中や頭を見てみると頸に切り傷があった。
血がドクドクと出てくる。
手巾を取り出し抑えて血を止めようとした。
もう片方の手で頭や背中を触って血が出てないかを確かめた。
「頭と背中は打ち身だけです。痛いので触らないでください。」
急いで手を引っ込めた。
頸を抑えてる手巾も影男さんの手に渡し
「ごめんなさい。いつもヘマばっかりして。守ってくれてありがとう。宮中へ帰って手当てしましょう!」
「上皇侍従の贈り物はいいんですか?」
「いつでもいいわ!他の人が欲しいならあげても構わないし。」
「大納言が喜ぶものなんでしょう?」
「兄さまを喜ばせることより、影男さんの無事の方が大事だし。」
影男さんが突然、空いてる方の手を私の頸の後ろに回し、グイッと胸に引き寄せた。
(その5へつづく)