EP178:伊予の事件簿「鎮魂の花祭(たましずめのはなまつり)」 その9
大納言御一行がxxx寺から帰ってきた数日後、椛更衣の元に帝と兄さまが訪れたのを見計らって私も同席することにした。
会話が途切れたのをきっかけに、帝に向かい手をついて頭を下げ
「主上、大納言様の病について、原因に心当たりがございますのでここでお話させていただいてよろしいでしょうか?」
帝は不思議そうに
「陰陽師が疫病神が憑り付いておると申しておったが、伊予は違うというのか?面白いから申してみよ。」
兄さまが目を丸くして見つめるのを横目でチラッと確認し
「実は大納言様のお召し物に問題があるのです。
ある方がなさった細工のせいで、眩暈や吐き気、頭痛が起きるのです。
お召し物をその方の手の届かないものと取り換えるか、その方にお話して説得しその細工をやめていただければ解決します。」
帝は訳が分からないという表情で
「ハッキリ申せ!誰が何を衣に細工したのだ!」
兄さまの様子をうかがい、動揺が顔に現れていないのを見て
「その方は椛更衣の姉君である大納言様のご側室を通じて椛更衣に働きかけ、椛更衣が主上にお勧めになった大納言御一行のxxx寺参拝の件を取り計らった方です。
同時にその方が管理する大納言様の衣すべてに幻覚作用のある麻を混ぜた香を焚きしめ大納言様がどこにいてもそれを吸い体調に異常をきたすように企んだのです。」
一気に口にした。
兄さまが急に真剣な表情で帝に向かい合い手をつき
「主上、家庭内のもめ事でございます。
お耳汚しになると存じますので、犯人の特定は私にお留め置きください。
私の管理不行き届きでございます。今後はこのようなご心配をおかけせぬよう努めます。」
丁寧に頭を下げた。
帝はまだチンプンカンプンという表情。
椛更衣は扇で顔を隠されているが、隙間から見えた顔には血の色がなかった。
帝が清涼殿にお戻りになったあと、私の房に兄さまを引き留めた。
兄さまは青ざめてはいるけど覚悟していたのか
「廉子が幻覚作用のある麻を香に混ぜて使用したのか。
それほど私を恨んでいたのだな。
問い詰めても『衣の管理も香の管理も侍女に任せている』と言い訳しそうだな。」
「廉子様の指図なしで椛更衣や帝まで操ることはできないし、麻の知識だって侍女が習得していてそれを廉子様に吹き込むとは考えられないわ。
兄さま!大納言邸にある衣に早く着替えてっ!一日だけ吸ったとかなら多分影響は出なくて、毎日続けて何週間にもわたって吸い続ければ体に異変がでるのよ!きっと!」
いくら嫉妬で耐えきれなくなっても大切な人を傷つけるなんて!
廉子様のした事が理解できなかった。
自分を省みなくなった夫は死んでも構わないという事?
ムカムカと嫌悪がこみ上げた。
「廉子はきっと、私が浄見と別れれば細工をやめるつもりだったんだろう。
女遊びの罪悪感と自責の念から病がおきていると私に信じ込ませようとしていたからな。
私を本当の病人にしたいワケじゃなかったんだ。」
この期に及んで廉子様をかばおうとする兄さまにも腹が立ち
「私なら捨てられても兄さまを傷つけようと思わないわ!」
表情を曇らせ
「私には少しわかる。
愛しい人がそばにいないなら、生きている価値がないとさえ思える。
私がもしこのまま死んでいれば廉子も死ぬつもりだったのかもしれない。
・・・・その想いを『迷惑』の一言では片付けられないんだ。」
そんなわがままを許していいの?
愛していれば何をしてもいいの?
納得できなかった。
「嫉妬や恨みのような負の感情だけじゃなく
恋情や渇望のような正の感情でも、
満たされないモヤモヤは、いつでも心の中に溜まっていくでしょう?
心の中から溢れて他人を傷つけてしまった悪意にはどうやって対処すればいいの?」
口をとがらせると、兄さまは遠い目をして
「もうすぐ『鎮花祭』だな。
『鎮花祭』は疫病が巷に流布するのを封じるため、だけじゃなく
この時期に人々を狂わせる負の感情が鎮まるようにと祈りを込めた
『鎮魂の儀式』でもあるのかもしれないな。」
そっと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
鎮花祭は現代まで続く儀式のようですが、桜が散るから落ち着かない(しづごころない)のか、落ち着かないから桜が散るのに心が動くのか、どちらが先でしょうねぇ。