EP177:伊予の事件簿「鎮魂の花祭(たましずめのはなまつり)」 その8
朝のうちに宮中に帰ると、同僚の女房が厚く巻いた文を渡してくれた。
忠平様からだった。
開けて読んでみると
『伊予、元気か?
私はまだ京に戻れそうにない。
伊予に忘れられないよう文を書いている。
こちら備後の桜は散りつつあるが、都の桜はどうだ?
『花鎮め祭』がもうすぐ行われるな。
この季節には疫病が流行るからそれを鎮めるための祭。
桜のように伊予への想いも、潔く散って消えてしまえばどんなに気が楽だろう!
一体いつからこんなにも苦しい熱病に憑りつかれたんだ?
きっとはじめて見た時からだ。
兄上の恋人ではないことを願った。
現状では何一つ彼に叶わないから。
離れれば記憶は薄くなり想いも微かになると思っていた。
疫病というのは一旦治ったように見えても、身体の奥に潜んでいて、宿主が弱ると病の虫が息を吹き返し再び暴れることもあるそうだ。
疫病ですら体内から取り去ることはできない。
ならば自らの意志で、忘れてしまわなければ
お前のことも、身を焦がす想いも
頭の中から全て消し去ってしまおう
そう強く願っても、病の虫のように息を吹き返すかもしれないが。
しかし、ふと考えると
報われないこの激情は、私から抜け出せば一体どうなる?
恋着の宿った魂はどこへ行く?
穢れを移した形代のように流れつく先には何が待っている?
鎮花の祝詞に、この呪いにも似た恋情を
鎮める力があることを祈る。
忠平』
私には『忘れられない』ように文を書いてるくせに自分は私を忘れたいの?
一方的に覚えていろってこと?
随分わがままね。
恋だの愛だの嫉妬だのの、感情の乱高下にうんざりしていた。
忠平様の恋文にも無性に腹が立った。
余裕がなくなると人は冷淡になれる。
『あっ!そうだっ!』
いいことを思いついて宮中に持ってきた兄さまの小袖を茶々に渡し、匂いを嗅いでみてもらった。
クンクンと鼻をつけ茶々が
「これって、以前、妹・麻葉が焚いた香と同じ匂いがする。」
うん!と頷き
「そう思う?だよね~~~!」
やっぱり廉子様が用意した香には仕掛けがあったのね!
これが兄さまの体調不良を引き起こしてたのよっっ!
帰ってきたら真っ先に告げ口してやるっっ!
鼻息を荒くして決心した。
(その9へつづく)