EP176:伊予の事件簿「鎮魂の花祭(たましずめのはなまつり)」 その7
兄さまが私の手を掴み、グイッと引っ張ると
「馬を借りる」
影男さんから手綱を奪い、馬と私を山から下りる方へと引っ張っていく。
黙ってついていくと
「乗って」
自分で馬の背に這い上がると、後ろに飛び乗り馬を駆けさせた。
おずおずと
「どこ行くの?」
「京へ連れて帰る」
「廉子様たちはどうするの?」
「浄見を送って、また戻る。」
「どうして?」
「・・・・影男と二人きりにはしておけない。」
「ちょうど帰ろうとしてたのよ。止めてくれれば影男さんと帰るわ。」
「・・・・・」
「本当は兄さまたちを盗み見するために影男さんを無理やり連れてきたの。」
「・・・・・」
二人とも黙り込み、単調な蹄の音だけが響き続けた。
同じ歩調で馬に揺られているとついウトウト眠くなった。
「浄見っ!屋敷についたぞ!相変わらずヨダレたらして馬の上で眠れるなんて一体どんな神経してるんだ!」
毒づかれたけど、兄さまに腰を持たれて馬から降ろされたときは
『これはまだ夢の中?』
半信半疑でボンヤリしてた。
降ろされる途中に兄さまの首にギュッと抱き着き
「大好き!どこにもいかないで!」
甘えると、背中をポンポンと叩き
「とりあえず飯を食おう。もう夜中だ。」
ちょっと目が覚めてきて、兄さまの狩衣にも直衣の時に感じたような香に混ざった変な匂いを嗅ぎ取り
「この香り変よ。嫌な匂いがする。」
兄さまがクンクンと自分の衣を嗅ぎ
「そうか?香を変えたのかな?私には気づかないが・・・廉子に全部任せてるからな。」
またムッと嫉妬が頭をもたげた。
厨からご飯や梅干し、塩こんぶや小魚の佃煮を見繕って膳にして一緒に食べた。
変な匂いのする小袖を新しいのに着替えさせてから添い寝してると兄さまが
「一人で祈祷を受けてもよかったんだけど、廉子に
『恋人だけじゃなく、子供たちにも愛情を注いでほしい』
と言われたんだ。
その通りだなと思って。
せめて今のうちにできるだけ一緒に過ごそうと思ったんだ。」
思わずはぁ~~とため息をつき
「ごめんなさい。私が悪いの。兄さまに付きまとって。
はじめて付きまといするほうの気持ちが分かったわ。
今すぐ奥様のところへ戻ってあげて!
目が覚めて夫が別の人のところにいるなんて気づいたら発狂するかも!」
寝返りをうち私の頬に長い指で触れ、親指で唇をなぞった。
「さっきどこにもいかないで!って言われたのに?」
ニヤける。
ワザと真面目な顔で
「ありがとうございます。もう十分です。お気持ちはありがたいですが、行ってください。」
棒読みで言うと
「うん。わかった。」
口とは裏腹に手を敏感な部分に這わせる。
喘ぎ声を出さないように我慢しながら
「本当にもう行って!」
振り切るように兄さまの体を押しのけ、寝がえりをうち背中を向けた。
起き上がり着替えをしている気配にも、無視して眠ったフリをしてた。
白々と明けた朝の光の中、床に脱ぎ捨てられた小袖に気づいた。
まるで抜け殻になった、未来の自分のように見え哀れになった。
(その8へつづく)