EP175:伊予の事件簿「鎮魂の花祭(たましずめのはなまつり)」 その6
ひぇ~~~っっ!
ビクビクしながら切り株の下の草むらを目を凝らしてみてると、茶色い胴体に白い縞模様が混じった蛇の体が草の間に滑っていった、ように見えた。
「・・・行ったみたいだけど。」
影男さんは私を横抱きにしながら切り株からヒョイと飛びおり、そのまま歩き出した。
「あのぉ~~もう降ろしてくれても大丈夫!」
「またマムシがいたらどうします?もう一度抱き上げるのも面倒なのでこのまま馬をつないだ場所まで運びます。」
結構距離あるけど?
影男さんがマムシを踏む確率だってあるでしょ?
まぁいっか。
楽だし、蛇に咬まれる心配もないし。
ギュッと影男さんの首に回した腕に力を入れ直し強くしがみついた。
ふと見上げると黒目が大きくなる焦りの表情が見えたので
『えっ?またマムシ?』
見下ろしたけど踏みしだかれた草しか見えなかった。
歩きにくい山道を一定の歩調で進むので、息が荒くなった影男さんの体臭と体温を感じ
『兄さまより香の匂いが薄いなぁ』
とか
『体温は同じぐらいかなぁ』
とか呑気に運ばれてた。
草むらだらけの山道を抜け、草が生えていない、整備された石と土だけの道に出たので
「もう大丈夫!ありがとうございましたっ!」
ゆっくり降ろされると影男さんの背中越しに
「ほらっ!若殿っ!言ったでしょっ!やっぱり宇多帝の姫ですよっ!来てたんですよぉっ!見たって言ったでしょっ!」
声が聞こえ、影男さんが振り向き、私は横によけて顔を出すと、竹丸がこちらを指さし、その横に並んだ兄さまに話しかけていた。
「ねぇっ!あの男がさっき姫を抱いてましたよね?あれは誰ですかっ?りっぱな浮気ですよっ!若殿っ!見逃していいんですか?見てないところでイチャついてましたよねっ?!」
竹丸が余計な事を兄さまに吹聴する。
兄さまがボソボソと
「いいんだ。影男だ。いいんだよ。知ってるから。」
義憤に満ちてプンプン怒ってる竹丸をなだめてる。
兄さまたちが近づいてくるので私と影男さんも何となくそれをジッと待っていた。
一間(1.8m)ほどの距離まで来ると兄さまが
「お前たちもここに来てたのか。偶然か?」
ワザと無表情で冷酷そうに口先だけを動かす。
盗み見しに来たとバレては困るのでちょっと慌てて
「そ、そうよっ!影男さんと山桜を見に来たのっ!偶然ここにねっ!」
竹丸がまた
「ほぉらぁーーーー!やっぱり浮気ですよっ!姫っ!ひどいじゃないですか!若殿が今までどれだけ・・・」
「もういい!竹丸!やめろっっ!」
兄さまが素早く遮る。
「邪魔して悪かったな。戻るぞ竹丸。」
踵を返して歩き出した。
竹丸は小走りで渋々兄さまについていきながら時々振り返り、怒った顔で私を睨み付けた。
胸がチクチクした。
何よっ!
そっちだって同じことをしてるでしょ?!
どーして私だけ責められるの?!
心の中で毒づいたけど
チリチリと胸の奥が焦げ息苦しくなった。
小さくなるのを見送っていた背中が突然ぴたりと立ち止まった。
クルッと振り返ってこっちへズンズン歩いてくる。
怒ったように荒々しく早足でドシドシ近づいて
すぐそばで立ち止まった。
思わず身を硬くしてうつむき縮こまった。
(その7へつづく)