EP171:伊予の事件簿「鎮魂の花祭(たましずめのはなまつり)」 その2
「どうしたのっ!兄さまっ!」
驚いたのと心配のあまり大声で叫びながら背中に触ると
「大丈夫。眩暈がしただけだ。」
体を起こして私の手を握った。
白湯を器に注いで渡しながら
「薬師に見てもらったの?本当に大丈夫なの?」
まだ息を切らしながら
「ああ。薬師にも分からないらしい。
この頃、原因不明の眩暈や吐き気に悩まされていて廉子が心配してね。
xxx寺で御祈祷してもらおうということになったんだ。」
ますます心配になり
「えぇっ?!堀川邸では何回もこんなことがあるの?」
白湯を飲むと少し顔色がよくなり、ウンと頷き
「なぜか帝までがご存じで
『働きすぎだ!山桜でも見物して家族でゆっくり休んでこい』
と仰るので気が進まないが出かけることにしたんだ。」
まだ不安で動悸がおさまらず、食い入るように兄さまを見つめる。
異変の原因を付きとめようと無意識に感覚を研ぎ澄ましていると、いつもの香にかすかな違和感を感じた。
兄さまの衣に鼻をつけ息を吸い込むと嗅いだことのない匂いがした。
何の匂い?
考えていると、頬に長い指が触れフッと笑いながら
「大丈夫だよ。浄見を妻にする前に死んだりしない。」
さっきまでの嫉妬や怒りがどうでもよくなって
「はやくゆっくり休んで!」
慌てて寝所を整え追い立てるように兄さまを横になって休ませた。
少し開いた薄い唇から規則的な寝息が漏れる。
筆で引いたような瞼の縁から短い睫毛が整然と並んで生えている。
薄い皮膚の下のくっきりと浮き出る精悍な顎の形はいつ見ても美しいと感じた。
そんな横顔を見てると、穏やかな寝息を立てて眠りについたので少し安心して私も眠りにつくことができた。
xxx寺参拝の前日、明日からの旅程も含め許可をもらって大納言邸に帰っていたけれど、急に怖気づいた私は堀川邸から竹丸を呼び出し、自分の東北の対の屋で面会した。
竹丸が蜜柑をむいて食べながら
「宇多帝の姫もxxx寺へ行くんですよね?山肌にびっしり敷き詰められてる山桜がキレイなんですってねぇ~~~!
楽しみですよねぇ~~~!」
キラキラ目を輝かせてる。
言いにくそうに扇で口元を隠し
「あのぉ~~、それなんだけど、私やっぱり、廉子様とどうやって顔を合わせればいいかわからないから、行かないことにしたの。
それを兄さまに伝えてくれる?」
竹丸が目を丸くして
「はぁっ?若殿の頭痛の種を増やす気ですかっ?!ただでさえ疫病神がついてると陰陽師に言われて凹んでるのにっ!」
苛立ったように口の中からツバと一緒に蜜柑の粒を飛ばした。
(その3へつづく)