EP168:伊予の事件簿「吉備津彦の桃(きびつひこのもも)」 その7
兄さまが脇息に肘を置き、もたれかかって
「じゃあそうしよう」
疲れたようにフッと息を吐く姿まで色っぽく見えて、自分の思考回路が以前とは全く違ってることにビックリした。
胸の高鳴りを抑えることに必死で兄さまの話をロクに聞けないんじゃないかしら?
一応耳を傾ける。
兄さまが気怠げに話し始めた。
「四郎が上皇の命を受けて交渉に向かったのは備後国にある『たたら製鉄』を生業とする集団だ。
奴らは仕事柄、腕っぷしは強いし気も荒い。
鉄を溶かす半端ない温度に耐えるんだから忍耐力も尋常じゃない。
上皇はその集団に地子雑物(地代)とは別に、銑鉄の増産とそれの買い付けを持ち掛けたんだ。
鉄の需要はうなぎのぼりだし、銑鉄増産のための経費と、新しい『たたら炉』を考案する研究費としてさらに銭を出してもいいという条件でむこうにとってかなり都合のいい取引だったようだが、返事は拒否だった。
四郎は別の集団に交渉しようと探している途中に山賊に襲われたんだ。
私が兵をつれて山賊の隠れ家の洞窟にたどり着いた時には既に姿はなく、付近の住民にそこから一番近い『たたら炉』のありかを尋ねそこを訪れると、使い終わった『たたら炉』とその付近の小屋に山賊たちが寝起きしていた。
四郎もそこにいたが、話がまとまっていたようで一緒に酒を飲んでいたよ。
『たたら炉』は地下に大がかりな構造が必要で、一度使用すれば新しく作り直さなくてはならない。
山賊たちはその『たたら炉』で働いていたが素行が悪く、製鉄が終わった段階でクビになった職人たちだった。
食うにも困り周辺の村を襲ったり、貴族の荷を襲ったりしてその日暮らしをしていた。」
私はアッと思いつき
「忠平様はその山賊を雇って新しい『たたら炉』で製鉄しようとしてたのね!」
兄さまがウンと頷き
「山賊がたたら製鉄の職人だということは月代が逃げ出したあと、山賊たちと話し合うまで知らなかったらしいが、話し合いの末、上皇に差配を許された金額で既存のたたら集団から炉の建築方法を買い取り、山賊たちに新しい炉を作らせると四郎は約束した。
しかし、『たたら炉』の建築方法は一子相伝の機密事項だから簡単には売ってくれなかった。
私がたたら集団を訪れ、銑鉄販売から得る現在の利益の向こう五年分の利益を上乗せし、全員が悠々自適に暮らせる額を提示しなければ取引は成立しなかっただろう。
それにクビにした職人が山賊になっていたことを非難したのもあって、たたら集団は『たたら炉』の建築方法の販売にやっと同意してくれたんだ。」
へぇ~~~~と感心したけど
「ふぅん。でも大変そうね?銑鉄ができるまで。まだ先は長そう!炉から作るなんて!砂鉄も集めるんでしょ?」
「モチロン!まだまだ先はどうなるかわからないが、取り合えず四郎がもう少し現地で調整役を務めるらしい。」
結果的に忠平様は赴任期間中は備後国を離れられなくなるのかも?
ちょっと同情。
アッと思い出して
「影男さんは?兄さまを手伝いに備後国へ向かったのよ!」
兄さまが苦々しい顔で
「四郎を探す兵士の一人としてずっと一緒にいたよ。下手くそな出来の巾着をこれ見よがしに帯に括り付けてたな。もしかして・・・・」
ギラギラと怒りをはらんだ目で私を睨み
「浄見が作ってやったのか?影男が何度も気にして手に取っては眺めて私の方を見てニヤついてたが!」
誤解を解こうと焦って
「兄さまには小袖を縫ってるのだけど、大きくてまだできてないの!刺繍もちゃんと『桃』を刺してるのよ!下手くそだけど頑張ってるんだからっっ!」
唾を飛ばして必死に言い訳する。
兄さまが私の頬を両手で挟んでグイッと引き寄せ
「吉備津彦のように無法者(鬼)を退治しにいって、金銀財宝を得るんじゃなく逆に身銭を大量に落として帰ってくるなんて、私は勇者とは真逆の、負け犬だな」
ため息まじりに口づけしそうな距離で囁くので、
ぼぉっとなって何も考えられなくなったけど
「人を傷つけることでしか暮らせなかった鬼みたいな嫌われ者たちを、職人の誇りを持って暮らせる人たちに戻したんだから、吉備津彦よりよっぽど立派だわ!」
真っ赤になりながら早口で答えると
フフンと笑いながら
「やっぱり私の負けだ。我慢できない」
唇が近づき
何よりも待ちわびた
桃よりもみずみずしく、甘い、
口づけを 交わした。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
桃太郎のモデルの一つとされる吉備津彦命ですが、鬼の温羅を滅ぼしはしたけど、金銀財宝の略奪はしたんでしょうか?




