EP166:伊予の事件簿「吉備津彦の桃(きびつひこのもも)」 その5
数日後、やっと影男さんの巾着が出来上がったので渡すことにした。
片手に収まるぐらいの小さい巾着に山桜を一枝ぶん刺繍するので細かい花の形がいびつだったり不ぞろいだったりでとてもじゃないけど自慢できるものじゃない!
けど、まぁ感謝の気持ちだし、ねぇ。
庭で掃除してる影男さんを見つけて
「これどうぞ。日ごろの感謝の気持ちです。」
巾着を手渡すと、世にもつまらないものを見たという無表情で
「これは・・・子供が初めて作った巾着ですか?あまりにも雑ですね。」
カチンときて
「そ、それはっ!否定できないけどっ!初めてにしては上手くできてるでしょ?穴もあいてないしっ!紐を引っ張れば口も閉じるしっ!」
最低限の実用性は保証してるハズっ!
重いものを入れると縫い目が開いて落ちる可能性もあるけど。
「特にこの刺繍が、何を表してるのかわからないですね。雪かな?」
三白眼の目を可笑しそうに細めてる。
むーーーーっ!怒らせたいのっ!?
「山桜ですっ!!今季節でしょっ!イヤなら返してっっ!」
取り上げようとするとサッと手を上げ届かない高さに巾着を持ち上げた。
「何もないよりマシですからもらっておきます。」
不愛想に呟く。
プンっ!として
「はいはい。ゴミ入れにでもしてくださいっ!」
クルッと踵を返してその場を離れようとすると影男さんが
「伊予殿は桃と山桜なら、どちらが好きですか?」
私の背中に向かって話しかけた。
はぁっ?決まってるじゃないっ!
思ったけど
振り返った私は一瞬ためらった。
影男さんがあまりにも真剣なまなざしで私を見つめていたから。
桃を兄さまに刺繍して、山桜を影男さんにということは影男さんは知らないはず。
だから今の質問には、別に深い意味はないはず。
あったとしても・・・・
「じ、実は、一番好きな木は『梅』なのっ!ほらっ!寒い時期に頑張って健気に咲いてるでしょ?雪の中とか。実も酸っぱくて美味しいしねっ!」
なぜか素直に答えることができなかった。
影男さんを傷つけたくなくて。
答えを聞いても影男さんは何も言わず私を見つめたまま
貫ぬかれそうなまなざしだった。
目じりが少し上がった冷酷そうな三白眼。
気がつくと鼓動が速くなってた。
視線の矢に射すくめられ、逸らすこともできず、立ち去ることもできず、黙って見つめ合っていると
「伊予殿、いや、伊予さん」
近づいてきた影男さんが私の腕をグッと掴んだ。
「大納言に助力するため備後国へ私が参りましょうか?
まだ音沙汰がないという事は上皇侍従は山賊に捕らわれたままということでしょう?」
はっ?えっ?
上皇侍従・・?
「そ、そうねっ!そうしてくれるとありがたいわっ!兄さまを守ってくれるのね?!影男さんがついていれば安心ねっ!」
影男さんが無表情な三白眼のまま口の端だけでニヤッと笑い
「では、さっそく出立しますっ!それではっ!」
サッサとどこかへ立ち去った。
ポツンと取り残されて、掴まれた腕の感触を思い出してみると、
『それほど嫌でもなかったなぁ~』
だったので、兄さまの嫉妬はあながち的外れじゃないのかなぁ?
でも、影男さんを信頼してるから触れられても嫌じゃないけど、兄さまのようにドキドキはしない。
とにかく今は一刻も早く、兄さまの無事な姿が見たい!
ついでに忠平様も。
(その6へつづく)