EP163:伊予の事件簿「吉備津彦の桃(きびつひこのもも)」 その2
お互い見つめ合ったまましばらく沈黙。
忠平様の前に座り込み慌てて話題を探し
「ええと、久しぶりね!御簾越しじゃなくお会いするのは。」
忠平様はハッと我に返り、口を開きかけ、また呆気にとられたようにポカンと口が開いたまま、食い入るように顔を見つめる。
居心地が悪くなり目を逸らしながら
「あのぉ、どうしたの?そんなに変わった?」
それとも今日の単衣の重ね色目が変?うつむいて衣を眺めてみたけど、淡い紅色と萌黄色の『桃』は今にピッタリだと思う。
「顔に何かついてる?」
頬を触りながら忠平様を見ると、なぜか赤い顔をしていて
「いや、その、しばらく見ない間に、何か、女らしくなったなと思って・・・」
頬が熱くなり、顔に血が上るのを感じた。
もしかして・・・・バレてる?
アレが?
顔に出てる?
今もときどき兄さまの半裸の胸や、指の感触を思い出すだけでぼぉっとしそうになる。
兄さまの言う『男が欲情する顔』をしてないかしら?
気になって頬を摘まんで引っ張り気合を入れた。
真面目な顔に戻った?
キリリと気を引き締め忠平様を見つめ
「それで、お礼はこれでいいんですか?あっ!今使ってる手巾でよければ、刺繍したのが出来上がるまで代わりに差し上げます!」
袂から薄紅色の手巾を取り出し、手を伸ばして差し出した。
忠平様が手巾を握っている私の手を掴み
「伊予!私ならお前だけを大切にする!他に恋人も持たないし側室もお前だけにする!だからっ!!」
ジッと私の目を見つめ真っ赤な顔で言いつのるので、
「忠平様っ!勘違いよっ!私の事なんて好きじゃないでしょっ?そう言ってたじゃないっ!痩せた色気のない餓鬼って!兄さまに対する嫌がらせでしょ?困らせようとしてるだけでしょ?そんな風に張り合っても仕方がないわ!手を放して」
忠平様はムッとして
「私の何を知ってる?本気じゃないと思ってるのか?それとも兄上より身分が低いからか?財力か?兄上を超えれば私を好きになるのか?」
手を握ったまま膝でにじり寄ってこようとするので
「手を放してっ!近づかないでっ!嫌いになるわよっ!」
と叫ぶとピタリと止まったけど手は放してくれなかった。
「あれぇ?四郎様?明日は備後へ立つんでしょ?こんなところで油売ってていいんですかぁ~~?」
後ろから竹丸の素っ頓狂な声が聞こえ、忠平様が慌てて手を放してくれてホッとした。
「でも今回も視察に行くだけで、どうせすぐ帰ってくるんでしょ?そもそも遙任(国司が任国へ赴任しなかったことを指す)するつもりでしょ?今までだってずっとそうですし!」
と皮肉っぽいニヤニヤ顔で竹丸が近づいてくるので慌てて立ち上がった忠平様は
「じゃぁまたなっ!」
スタスタと帰っていった。
はぁ~~?何が『今生の別れ』だと?
そもそもあの流行りもの好きで多動的な忠平様が田舎で六年も大人しくしてられるわけないわねっ!
同情を誘ってあわよくばモノにしようって魂胆?
危なかった~~~。
ちょっと同情しかけたわっ!
「ありがと!竹丸!」
キョトンとしてる竹丸にお礼を言った。
だけどその二週間後に、一生会えなくなる事態が本当に起こったのだった。
(その3へつづく)