EP162:伊予の事件簿「吉備津彦の桃(きびつひこのもも)」 その1
【あらすじ:鬼ノ城に鬼退治に行った吉備津彦のように、荒々しい無法者との交渉に赴任先に出かけた忠平様が山中で行方不明になった。時平様が救出に備後国へ向かったのは弟君を心配して?それとも他に用があるの?私は今日も自分の不器用さにへこたれないっ!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
いつもより寒い三月の気候のせいで山桜は硬い蕾を緩められずにいるのに、桃はいつものように華美な薄紅色の艶めいた花弁を大きく反り返らせていた。
大納言邸の自室で兄さまの出仕を見送ったあと、ぼんやりしていると侍女が忠平様の訪問を告げた。
菜の花色の狩衣を着て、蜜蜂のように軽やかに廊下を渡る足音には春の日のような誇らしさが満ちていた。
御簾越しに対面して座り
「明日、赴任先の備後国(岡山県)に出発する。」
上目づかいで私の気配を窺ってるので
「任期は六年?お体にお気をつけてくださいませね!いろいろと美味しいものを頂き、今までありがとうございました。」
ゆっくり頭を下げた。
忠平様はチッ!とつまらなそうに舌打ちしたあと気を取り直して微笑み
「ではその礼にといっては何だが、一緒に備後に来ないか?海を見たことないだろ?途中には鬼ノ城といって『温羅』という鬼が住んでいた城があるぞ!」
う~~ん、私の記憶では・・・・
「古代吉備地方の統治者で雉に化けて逃げたり、鯉に化けて逃げたりしたけど結局、吉備津彦命に退治されたという?」
忠平様は目をキラキラと輝かせ
「そう。首を地中に埋めても十三年間唸り声を上げ続けたというあの『温羅』の拠点が鬼ノ城!山の上に城壁が約二十六町(2.8km)もぐるりと取り囲んでいるらしい!見てみたいだろ?」
鬼が住んでた場所!なんてちょっと・・・いえ、とっ~~~ても、見てみたかったけど、そのためだけに一緒に備後までついていくなんて考えられず、
「でも物見遊山に行くわけじゃないし、簡単に帰ってこれないでしょ?行けないわ!」
忠平様が顔をしかめ口をとがらせて
「じゃあ礼として何を返してくれる?」
すねた表情をする。
前々からお返しのことは頭にあったので
「そうだわ!手巾に何か刺繍をして贈ります!明日には間に合わないので、次に帰京したときにお渡ししますわ!」
まだ不満そうな顔で
「実は、備後国では荒っぽい集団と交渉するよう上皇から命じられてるんだ。奴らに襲われたり命をとられるかもしれないし・・・・伊予に会えるのも今生では今が最後かもしれない・・・・」
ブツブツと呟く。
そうなの?とちょっと同情して
「では、何かお望みのものがあるなら差し上げます。言ってくださいな。・・・・あっ!一晩付き合うとか以外ならなんでもどうぞ!」
御簾越しに様子をうかがった。
忠平様が伏し目がちに
「最後に一目、直接、伊予に会いたい」
「それなら簡単!私が出ていくわ!」
御簾を押して廊下に出ると、忠平様が顔を上げ眩しそうに瞬きしながら、私を見つめた。
(その2へつづく)




