EP160:伊予の事件簿「不承の富貴栄華(ふしょうのふうきえいが)」 その8
「萄子更衣の入内を強く要望なさったのは皇太后だ。
宇多上皇の御母君・班子女王様。
皇太后が卜占に凝ってらっしゃるのは知ってるだろう?
心酔されている宿曜師によるとxx寺へ参られる日に、孫君にあたる帝と相性が最高になる星宿を持つ女子がxx寺に現れるという予言を信じられてxx寺へお出かけになった。
その日たまたま訪れた萄子更衣を見かけ捕まえて星宿を調べると奇跡的に一致したから宿曜師の言葉をまるっきり信じ込まれた。
私にどうしても萄子更衣を入内させよとお命じになった。
私に断る選択肢はなかったよ。」
兄さまが呆れたように言った。
萄子更衣が申し訳なさそうに
「でも、どうしても入内するのが恐ろしかったんです。父の身分は低く皇太后の命と言われても教養も礼儀も知らない下賤のものよと蔑まれることが。文字も読めず琴だって触ったことがありませんのに!それに、兄はゴロツキまがいの仕事しかしたことがありませんし、将来盗みなどの悪行に手を染める気がしましたの。そんなわたくしが後宮になど入ってもうまくいきませんわ!」
と悲観的な事を言った。
入水するぐらいの根性があるなら何だって楽勝よ!多分。
でも現にその素行の悪い兄は小袖窃盗に手を染めたのね。
そうだ!とまだそこにいた蒲子に
「使用済み小袖をどうするの?高値で転売?」
蒲子は白粉が汗でところどころ剥げ落ち、色黒の肌が斑に露出し、紅が唇からはみ出した、超美人という最初の印象のカケラもない無様な姿で
「ハハハッ!銭ならこの先、妹からいくらでも引っ張れるさ!純粋な自分の楽しみのためだ!あの小袖はお前の使用済みではなかったと女儒の噂で知り、お前の小袖を盗み直したのに影男の筋肉バカに捕まったんだ!運が悪いぜっ!」
・・・美形の付きまといに狙われがち。
でも私の衣装箱には使用済みは置いてないはず。
洗濯した新しい小袖だけどよかったの?
思ったけど使い道がわからないので何も言わないことにした。
兄さまは鼻の横に皺を寄せた侮蔑の表情で蒲子を見つめ
「この先一度でも萄子更衣を強請るような行為をすればお前を死んだことにして縁を切らせる。戸籍も抹消する。帝の妃に犯罪人の兄は容認できないからな。脅しじゃないぞ。連れていけ!少し痛い目に合わせろ!」
命じると蒲子は項垂れ大舎人と影男さんに両腕を掴まれ引っ立てられていった。
萄子更衣とわかれ雷鳴壺に帰る途中、前を歩く兄さまに
「入内って死にたくなるほど怖くて辛いものかしら?」
「どんな富貴栄華だって自分が望んだものじゃなければ自由の方が輝いて見えるものさ」
入内は『鳥籠にいれられるようなもの』と言うけど
『自由の空』の厳しさを知らずに想像し怯えるだけの私は
できれば大樹の枝で安楽に
一生を過ごしたいな・・・と願った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
自分だけの富貴栄華じゃなく家族のために何らかの鳥籠を我慢してる人々は今もたくさんいるでしょうねぇ。