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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
本編(恋愛・史実)
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Ep16:美貌の室

<Ep16:美貌の室>

時平は、まず平次の姿で藤原国経の屋敷の周りを歩き回った。

屋敷の中から赤子の声が聞こえた。

門の側に馬を止め立って中を覗いている男がいた。

時平は

「そこで何をしている。お前は誰だ」

と聞いた。

男は

「お前こそ誰だ!私は兵衛佐・平定文だ。」

時平は苦々しい顔であの好色で有名な「平中」かと思った。

「私は平次という藤原時平様の雑色(ぞうしき)だ。お前はここで何をしている!」

平中は

「雑色ごときが役人に偉そうな口をきくな!お前こそ何をしている!」

時平が

「時平様の使いで文を届けに来た。」

平中は

「私は、ここの美人室に用事があってきている。」

時平が、

「何の用事だ。糞でも拝みに来たのか。」

というと、平中は絶句した。

時平は

「彼女に近づいたら私の糞を拝むことになるぞ」

とかっこいいのか悪いのかわからない決め台詞を言った。

平中は怒って

「もう少しでうまくいくところだったんだ!彼女だって私に気があるから部屋に入れてくれたんだ!」

(この部分の詳細は『今昔物語』巻30第1話 平定文仮借本院侍従語 第一を。検索結果も腐るほどでてきます。)

時平は聞き捨てならぬという顔で

「でも、(かわ)されたんだろう?糞の代わりに香を嗅いだんだろう?」

平中は不審そうな顔で

「お前も彼女狙いなら、同志だろ!なぜ偉そうなんだ?彼女には爺とはいえ夫がいるんだぞ!

私が無理ならお前にだって(なび)かないぞ!」

時平はうんざりした顔で

「私は彼女の元恋人だ。」

と言った。

平中は

「一介の雑色ごときが寝ぼけたことを言うな。あんな上品な美人がお前なんかと・・・」

と言いかけて、時平の服が粗末だが全然汚れてないことに気づき

「お前本当は何者だ」

と警戒した。

時平は

「お前には関係ない。立ち去れ」

と言った。

平中は警戒しつつも立ち去った。

時平は家人に文を渡し屋敷の中を少し眺めて帰った。


時平からの文を家人から受け取った国経は浄見に聞いた

「北の方よ、わしの甥で左大臣の藤原時平殿が我が家の正月の宴に招待してほしいそうだが。

美人で評判のおぬしを見てみたいそうだがどうだね?」

浄見は暗い顔になった。

「私は殿に従います」

国経は

「左大臣殿は好色で有名だから、おぬしが嫌なら会わずともよいが?」

浄見は

「殿が奥にいろとおっしゃるならそう致します。」

と答え、国経は

「ならば病気と偽ってそのようにしよう」

と言った。

浄見はひとり悩んだ。

兄さまは今更私に会ってどうするつもりだろう?

浄見は時平に会いたくもあったが息子の滋幹もいるし、ここを離れるわけにはいかなかった。


宴の当日、時平は豪華な車で国経宅に乗り付けた。

国経を威嚇するつもりだった。

時平は国経に充分な歓待を受けた。

酒も進み、時平が

「北の方はどちらに?」

というと、国経が

「病を得て奥で寝込んでおります」

と言った。時平は

「それは不運でした。楽しみにしておりましたのに。」

と澄ましていたがすぐに

「すこし厠をお借りします」

と言って、屋敷の奥へ立った。

浄見の房と思われる場所には(しとみ)が上がり、御簾(みす)がかかっていた。

「伊予殿はおられますか」

「兄さま?なぜここに?」

という声が聞こえると、時平は素早く御簾の中に入った。

几帳の奥に入る人影を捕らえ

「なぜ隠れる?浄見」

「兄さま!私は国経様に嫁いだのですよ!こんなことは許されません!帰ってください」

「私と離れていて平気なのか?」

浄見はまっすぐに時平を見た。

「私には滋幹がいます。あの子を守らないと」

時平は驚きもせず

「私の子だろう?」

と言った。その瞬間、

浄見は全てを時平に委ねたい衝動にかられた。

この人に守ってもらいたい、愛されたい、一緒にいたいと思った。

でももし今ついていっても、残された時間は僅かだし、悲しみが増すだけだと思った。

でも最後の時を一緒に過ごしたいと思った。

涙があふれて止まらなくなった。

時平は困った顔をして涙を両手で拭いた。

「浄見は変わらないな」

「兄さまは少しお痩せになったわ」

時平はこれまでの時間を埋めるように浄見を愛おしそうに見つめ

「国経が許せば一緒に帰るな?」

と言った。

浄見は何も言わず頷いた。


時平は帰宅する際、国経に

「伯父上、持て成し大変ありがとうございました。

しかしせっかく家礼のために訪れたのだから、特別な引き出物が欲しいのですが、

伯父上がお持ちの、世の中で一番優れたものがいいですな」

国経は酔って上機嫌になり、上気した顔で

「私の持ち物の中で最も優れたものといえば・・・そうそう少しお待ちくだされ」

といって、奥から浄見を連れ出した。

「私の一番自慢のものはこの美しい北の方ですわい!ふぉっふぉ、さぁさぁこれを差し上げましょう」

と惚気けて時平の手に浄見の手をつながせた。

時平は

「はっはっは!これはこれは結構な引き出物を!では遠慮なくいただくとしよう!」

といって大げさな身振りで車に浄見を乗せ、自分も乗り込んだ。

国経は焦って駆け寄って

「冗談じゃ!北の方!わしの事を忘れるな!おいっ!」

と必死で叫んだ。

時平はにやりと笑って

「では失礼する。車を出せ!」

と前に声をかけ、国経にウインクした。

国経はしまったという表情をし、すっかり酔いがさめた、が後の祭りだった。


車に揺られながら時平は浄見に

「子のことはあきらめろ。伯父上も私の子とわかれば悪いようにはせん。」

浄見は

「今は兄さまと一緒にいられることのほうが嬉しいなどと思っている母など、あの子には相応しくありません。」

時平は浄見の肩を抱いて

「もう泣くな。私がいるだろう」

と言った。

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