EP159:伊予の事件簿「不承の富貴栄華(ふしょうのふうきえいが)」 その7
その時、南の麗景殿の方から扇で顔を隠した女房がサヤサヤと衣擦れの音をさせて宣耀殿の廊下に現れた。
縛られた後ろ手を大舎人にガッシリと掴まれた蒲子が歩くように促される。
廊下でその女房とすれ違おうとする
そのとき、女房が顔を隠していた扇を下ろし蒲子にニッコリ微笑んだ。
蒲子が目と口を見開き驚きの表情を浮かべ、直後に満面の笑顔になった。
「よかった!回復したんだな!お前の幸せだけをオレは願っていたんだよ!さぁこいつらに説明してくれ!オレがここに侵入したわけを!お前を!妹を見守るためだったとな!」
はっ?!
あまりのことに何も言えない私は兄さまを見る
苦渋の顔。
影男さんをみると三白眼が四白眼になるほど驚いてる。
ホッ!
私だけが驚いてるわけじゃない
「どーゆーこと?兄さまっ!説明してっ!」
兄さまの袖を引っ張り囁いた。
兄さまが答えようと口を開く前に女房が蒲子に向かって
「兄上、あなたは確かに川で溺れかけた私を救ってくださった命の恩人です。ですが後宮に女装してまで侵入した目的は違うのでしょう?自分の私欲を満たすために侵入しておきながら罪が発覚すれば私に頼ろうというの?やっぱりどうしようもない男ねっ!」
怒りを込めた目で睨み付けた。
その女房は小さい顔に大きい二重瞼の目、長い睫毛と高い鼻の愛らしい十五ぐらいの美人。
う~~んと、蒲子はこの女房の兄で命の恩人。でこの女房は誰?
兄さまが女房をなだめるように
「萄子更衣、お怒りをお鎮めください。無事お体が回復なさって何よりです。これでやっと帝にお仕えしていただくことができます。私も肩の荷を下ろせました。」
ホッと安心のため息をついた。
「じゃあ今まで宣耀殿にいたのは誰なの?兄さまの恋人は?」
思わず口に出すと兄さまは目を丸くしてポカンと口をあけ
「何言ってる?恋人が?宣耀殿にいると思っていたのか?」
ハァ~~とため息をつき
「説明してなかったからな。実は萄子更衣は入内直前に嫌がって入水自殺を図ったんだ。」
横目で萄子更衣を睨み付け
「もう何もかも手配済みだったので女房を身代わりにして入内の儀式を済ませたが、帝の御相手だけは無理だった。だから帝には萄子更衣は軽い風邪を患っていて帝に感染してはいけないからと説明し、共寝を先延ばしにしてたんだ。萄子更衣が宣耀殿にいないことが周囲にバレては大事になるから私ができるだけ張り付いて来客に対応していたんだ。」
私は少し頬を膨らませ
「夜も?夜は誰も来ないでしょ?なぜ宣耀殿で過ごす必要があるの?」
兄さまは私の膨らませた頬を人差し指でチョンと触り
「帝や酔狂な貴族が萄子更衣を一目見ようと忍んでいらしたらバレるだろ?寝ずの番でクタクタだよ。」
萄子更衣が兄さまに大げさな仕草で頭を下げ
「これはこれは大納言のお義父さま。色々気を使って、あら!そうそう銭も使っていただいてお世話になりました。もう心配はおかけしませんわ。この先何があってもあなたのお味方をします。」
ゆっくりと頭を上げたときの大きな瞳にはギラギラ輝く強い意志がみなぎっていた。
入水自殺未遂と言う修羅場を抜け、幼さを過去に無理矢理脱ぎ捨てたかのような、姿形の幼さとは対照的な顔つきだった。
「でもどうしてそこまで無理強いして萄子更衣を入内させたの?萄子更衣の親が強制したの?兄さまが後見人になってまでって帝が御執心なの?」
聞くと兄さまが真面目な顔で
「いや、帝は萄子更衣をご覧になったこともない。入内を強く要望なさったのは・・・・」
(その8へつづく)