EP155:伊予の事件簿「不承の富貴栄華(ふしょうのふうきえいが)」 その3
次の日、茶々の勤める桐壺にお使いに行ったついでに宣耀殿を通り過ぎた。
御簾越しに中をチラ見したけど暗くてよく見えなかった。
残念。
桐壺でお菓子を摘まみながら雑談してると茶々が
「知ってる?皇太后様がこの頃どっぷり卜占にはまってらして、どこに行くにも宿曜師(占星術師)に吉日良辰を占わせてからお出かけになるらしいわ!つい先日お出かけになったxx寺への参拝も宿曜師に見てもらってから日をお決めになったらしいわ!」
「へぇ~~!陰陽師じゃなくて?宿曜道って生まれた日付で吉日!とか凶日!とかがわかったり他人との相性を見たりするんでしょ?」
ウロ覚えの知識を披露した。
「そうなんだ~~!私も自分の誕生日で相性のいいイケメン男性を占ってほしいなぁ~~!
ねぇ宿曜師ってどこにいるの?」
「確か密教(真言宗や天台宗)のお坊さんがやるのかなぁ」
という会話で盛り上がった。
茶々が急に声をひそめ
「そういえば嫌なことがあったのぉ~。
一週間ほど前かな?桐壺更衣様が湯浴みをされたときにね・・・・」
茶々の話によると、桐壺更衣が湯浴みされてる最中、小袖を脱ぎ湯帷子に着替え小袖を女儒に持たせてた。
女儒がそれを衣装箱にいれ桐壺更衣の体を拭うとか別の仕事をして目を離したすきに盗まれたらしい。
そこまで聞いて『ん?』と思い出し
「私も!椛更衣に頂いた小袖が入れておいた葛籠から消えてなくなったのよ!昨日気づいたんだけど!」
声を弾ませた。
でも考えてみると誰が小袖を盗むんだろう?
女房は主から着古した小袖を下賜されるから待てばいいし、よっぽど嫌われてなければお願いすればもらえると思う。
盗んでまで今すぐ必要?
大量に盗んで売りさばくの?
女御様や更衣様が身に着けたという付加価値つけて売れば高値で売れるの?
それはありかも。
一番疑わしいのは御湯殿で仕えた女儒だけど、調べるならまずそこからねぇ。
次の日、大納言邸に里帰りした私に会いに来た忠平様と私の対の屋で御簾越しに面会した。
忠平様は十九歳の若々しい萌黄(萌黄色と女郎花(緑色))の重ね色の狩衣姿。
庭に咲いた菜の花のような暖かさを身にまとい、満面の笑みを浮かべ
「伊予!この時期に甘くなる蜜柑(伊予柑)を仕入れてきたから分けてやる!いっぱい食え!」
一抱えもある木箱いっぱいに蜜柑を持ってきてくれた。
贈り物をくれるときやたまに見せる優しい笑顔は兄さまに似て素敵だけど。
それは仮面でその下の素顔は何を考えてるのかわからない不気味さもある。
私が絶対に靡かないって分かると突然豹変して上皇に私を差し出しそう。
だからあまり怒らせないようにしないと!と気を使い
「ありがとうございます!
前にもらった分は竹丸が食べつくして無くなったのでちょうどよかったわ!」
御簾越しだけど頭を下げると頬をポリポリと扇で掻きながら
「お前を太らせようと思ったのになぁ・・・・」
ポツリと呟く。
それよりも!と聞きたいことがあったので
「兄さまは夜になぜ萄子更衣の殿舎にずっと詰めているの?」
萄子更衣が入内してから今までずっと夜を宣耀殿で過ごしているらしいのが気になって仕方なかった。
一応嫉妬だけではないと強調しようと
「そのぉ・・・萄子更衣は帝の妃でしょ?兄さまが後見人といっても、どんな噂が立つか知れないし・・・・」
上目づかいで忠平様を見ると、ニヤリと口をゆがめて笑い
「だから、兄上はやめておけ!
萄子更衣の入内は兄上の権力確保のための策略なんだよ。
あの姫を使って兄上は政治的な後ろ盾を強固にしようとしてるんだよ。」
言ったあと私の表情を窺うように目を細めて見つめ
「それに萄子更衣はそもそも兄上が見染めた女子で帝に献上しようとしてるのかもな。
秦の宰相・呂不韋のように。
当然既に手が付いて・・・・」
鼻で笑った。
むぅ~~~!忠平様まで煽ってる?
嫉妬に狂って私が兄さまを責め立てるって思ってる?
上等じゃないのっ!!
鼻息が荒くなった。
(その4へつづく)