EP154:伊予の事件簿「不承の富貴栄華(ふしょうのふうきえいが)」 その2
カッとする前に冷静になって考えてみると、帝にお仕えする日まで妃の母君が内裏に宿直することはありうる。
何なら男親もそうしてもおかしくない。
でも大納言は『名目上』の父親でしょ?血のつながりがあっても薄~~いじゃない?
何してたの一晩中?
とイラつきがおさまらない。
イヤイヤ落ち着いて私!
一晩そばで萄子更衣に仕えてたからといって別に何でもないし!
と茶々からの文を握りしめワナワナと震えながら考えてた。
結局兄さまの口から聞かないと何も始まらないのでとりあえず
『どうして萄子更衣の後見人になったの? 伊予』
と書いた文を雷鳴壺の庭で仕事してた大舎人の影男さん
(実はこの人は私の身辺警護なんだけどね)
に届けてもらうように頼んだ。
政務が終わったなら堀河邸か、宿直なら直廬(皇親・摂関・大臣・大納言などが宿直・休憩を行うために宮廷内に設置された部屋)にいるはず。
影男さんはいつもの
『世の中に面白いことは一つもない』
ような三白眼でジロッと私を見て
「萄子更衣と大納言が親しいという噂はどうやら本当らしいですね。」
文を受け取りながら何気なく呟く。
ので私はつい口をとがらせ
「ほ、本人の口からちゃんと説明を聞くから噂レベルで何も言わないでっ!」
って言ったのに
影男さんは目を逸らしながら
「入内行列の牛車から付き添いの女房や雑色の選定、花嫁衣裳や嫁入り道具まですべて自腹で世話したそうですね。」
ボソボソ言う。
『もしかして煽ってる?』
ムッとして影男さんにこちらを向かせようと水干の肩のあたりを引っ張り
「兄さまが萄子更衣に夢中になってるとか言いたいワケ?」
問い詰めると、
衣を引っ張ってる私の手をサッと払いのけ
「文を届けてきます」
不機嫌そうに立ち去った。
その日の夜、荷物の整理をしていると、数日前、椛更衣から下賜された小袖(下着)がなくなってるのに気づいた。
小袖は身分の高い女性は汚れると下々の者に下賜しそれを下々の者は洗濯して着用したり、洗濯したあと糸をほどいて仕立て直したりする。
身分の高い方は縫いたての新しい小袖を着用する。
『使い捨て』ってやつね。
その椛更衣の小袖はきちんとたたんで葛籠に入れてたはずなのにどこへやったのかしら?
考えてると取次番の女房が
「伊予、影男さんが呼んでるわよ!」
「はぁい!」
廊下に出ていくと、とっぷり日が暮れ半月が南の空高くに見えた。
影男さんが不機嫌そうに腕を組んで待っていた。
袴に着籠めた水干は洗い晒した柔らかさで影男さんの筋肉質の体の線を浮き立たせ、袖からのぞく組んだ腕のくっきりとした筋を見ると一分の隙のない頼もしさを感じた。
「兄さまからの返事をもらってきてくれた?」
ソワソワと聞くと無表情な三白眼でジッと見つめられ
「大納言がどこにいたと思います?また宣耀殿ですよ。」
『はぁ?』
驚き
「嘘よ!政務が終わったら堀河邸に帰るか、宿直なら直廬でしょ?行ってみたの?」
影男さんはウンと頷き
「直廬で蔵人頭に聞くと『ここにいないとなると恋人のところじゃないかな?』と仰るので宣耀殿に行き取次の女房に尋ねると実際そこにいたようで、文を渡してもらえるとのことでした。」
こともなげに言った。
はぁ?何言ってんの?
まず『恋人のところじゃないかな?』といわれて真っ先に思いつくのは雷鳴壺でしょ!
私のいるところでしょ!
影男さんはなぜ宣耀殿へ行くっ!?
そして兄さまはなぜそこにいるっ!?
と二重にイラっとした。
次会った時は絶対問い詰めなきゃっ!
(その3へつづく)