EP153:伊予の事件簿「不承の富貴栄華(ふしょうのふうきえいが)」 その1
【あらすじ:入内したばかりのある更衣の父親代わりの後見人という名目で彼女の殿舎に入り浸りの時平様に業を煮やすけど、嫉妬してばかりでは嫌われるし必死だと思われるもの嫌。使用済み下着って盗んだ人は何に使うの?目的が具体的にはよくわからない。私は今日もヤセ我慢して大人ぶる!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
春の嵐が冷たい雨とともに木々を弄んで嬲る。
その暴虐を周囲に見せつけたかと思ったら一転、黒雲の隙間から軽やかな空色と淡い白雲を覗かせた。
まるで異国の暴君が狂乱の間隙にみせる穏やかな微笑みのような天候に心を奪われていた私は雷鳴壺で椛更衣に借りた物語を書き写しながらふと、昨日の賑やかな入内行列を思い出した。
昨日、入内した萄子更衣の行列には物見高い女房や女官、大舎人といった宮中の使用人たちが自分の持ち場を離れ宣耀殿へ向かう萄子更衣を一目見ようと各々から一番近い廊下や庭へ詰めかけた。
かくいう私も華やかな女房装束の列を『どれが萄子更衣なの?』と野次馬の隙間から覗き見してたけど萄子更衣のお姿はよく見えなかった。
聞くところによると萄子更衣は大納言・藤原時平様の親戚の貴族の娘で父君の身分が低いので大納言様が親代わりとなって入内の準備を取り仕切ったらしい。
なぜそんなに面倒な手順で身分の低い姫をワザワザ入内させたのか?という疑問は、後宮のアチコチで噂される今一番熱いな話題で、様々な憶測が飛び交っている。
一番正解に近いと推測されてるのは
『帝が熱心に所望したから』
という熱愛説。
確かに帝が一目惚れなされたのが身分の低い女性なら入内させるにはそれなりの手間がかかる。
でも帝はまだ御年十四歳の少年帝で一目惚れしたとしても大納言を引っ張り出してまで入内させるかしら?
今は大好き!でも配偶者にすると将来それなりにめんどくさいと思うけどなぁ~~~帝と言えど。
それより大納言の考えそうなことといえば『一夜限りの遊び』として目一杯楽しめる場所を用意すること。
・・・それって不埒だけど。
女を遊び道具にするなんて!って。
でも表向きは呂不韋みたいに功利主義者で魑魅みたいに冷徹な兄さまにとって自分が親代わりしてまでその姫を入内させるってよっぽどの事情か利益があるのね。
ふむ・・・一体何の事情?
気になりつつ女房の仕事に戻り物語を書き写してると同僚の女房・桜が文を届けてくれた。
開いて読んでみると
『大事件発生!昨日萄子更衣は夜御殿(清涼殿の天皇の寝所)に上がらず宣耀殿に籠りきりだったらしいわ!
それはいいとして、明け方、宣耀殿から大納言様が出てきたのを炭を取りに行った杉葉さんが見かけたらしいの!
ほら宣耀殿はウチのとなりでしょ?だから廊下から丸見えなのよ!
茶々』
桐壺の女房で友達の茶々が聞き捨てならないことを言ってきた。
(その2へつづく)