EP151:清丸の事件簿「至極色の光彩(しごくいろのこうさい)」 その9
私はそれを聞いてもすぐには理解できずしばらく黙り込んでいたけど
「・・・・あの、それ、どういう意味ですか?私には実の父も実の母もいません!いえ、会ったことはありません。だからあなたが実の兄かどうかなんて確かめようがないわっ!」
言い返すと在原元清は
「私の父はお前の母と秘密裡に恋人になり、お前の母は誰にも知られないよう厳重に注意してお前を出産した。なぜお前の存在を隠さなければならないかの理由は明らかだが私の口からは言い難いので事情をよく知るものに聞けばいい。確かな事はお前は私の異母妹だということだ。お前が兄と呼ぶ男はお前の母から赤子のお前をさらい隠し育てた男の腹心の臣下で誘拐犯人の忠実な手下だ。決して信用に足る男ではない。現にお前を我が家に返そうとしない。成人したお前を我が家の娘として認め婿を取ることだってできるのに、奴は自分の手元に置きお前を洗脳して操っている。子供のころから近くで言い聞かせ続けたならお前が奴の言いなりになるのも仕方がない。でももうわかっただろう?大納言は悪党だ。母親から赤子を奪った上皇ともどもな。」
その事実は、何度兄さまに尋ねても答えてくれない私が宇多上皇に育てられるようになった経緯と全て合致するけれど、だからと言って兄さまと宇多上皇を憎むことはできなかった。
彼らに育てられた私は決して不幸ではなかった。
普通の庶民とは比べ物にならないくらいいい暮らしをさせてもらい、周囲の人々から愛情をたっぷり注いでもらった。
母上の元で育つのと変わらないくらいには幸せだったと思う。
何より兄さまに会えたし、心を通わせることができた。
それがない人生なんて真黒な漆一色で塗られた箱に過ぎない。
漆黒の闇に光る螺鈿のように取るに足らない貝殻でできた虹色の輝きが無ければ、生まれてきた意味はない。
私にとってその煌めきは時平様でしかありえない。
実の兄を名乗るこの人にはそれがわかっていない。
「実の兄だろうが父だろうが、私の幸せを願うなら私をこのままにしておいて下さい。例え洗脳されていようと私は今これ以上ないぐらい幸せなんです。時平様に危害を加えるならあなたを検非違使に通報します。そんなことはしたくないのでお願いします。時平様と私をこれからもこのままそっとしておいてください。」
頭を下げた。
「お前は大納言に騙されてるんだっ!あいつは非情で冷酷な奴だ!人を人とも思わん、自分に利のない者は仲間でも即座に切り捨てるような奴だぞ!朝廷での駆け引きを見てみろ!宮中の女房なら噂を聞いているだろう?今までどれだけ手を汚してきたかを知らないのか?」
「知らないのはあなたです。時平様の手が汚れているなら私も一緒にこの手を汚すつもりです。あなたの勝手な想像の中の妹はすでにどこにもいないのです。私を悪党だと思いたければ思ってください。時平様が悪党なら私も悪党なのです。」
硬い表情で一歩も譲らなかった。
ジッと在原元清を睨み付け
「これ以上何もないならもう帰ります。では。」
踵を返して帰ろうとすると背中から
「いつでも戻ってこい!お前がどうなっても我が家の娘だ!私の妹だ!待ってるぞ!」
細い澄んだ声が耳にまっすぐに届いた。
大納言邸に帰る途中、馬に揺られながら在原元清との対面を思い出していると背中にしがみついた手に思わず力が入り影男さんが
「どうしたんですか?寒いんですか?」
心配そうな声で聞くので
「違うの。早く兄さまに会いたくなったの。
・・・・ねぇ影男さん、兄さまは漆黒ではなく至極色(極めて黒に近い深い赤紫色)だと思わない?」
呟くとしばらくの沈黙のあと影男さんは
「きっと彼は・・・・いつもあなただけを想っています。」
と答えた。
馬をゆっくりトボトボと歩ませているので、すっかり日が落ち辺りは漆黒の闇に包まれていた。
ふと空を見上げると少し膨らんだ半円形の貝殻のような月が
星のない暗黒に虹色の光輪を広げ
寂しく、煌々と、輝いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
黒に限りなく近い紫(高貴な色)である至極色という感覚がカッコいいなぁ~と思いました。