EP147:清丸の事件簿「至極色の光彩(しごくいろのこうさい)」 その5
『寺よりも 西にかかりて さく藤の 天の原より 降る石ぞ思ふ』
という和歌に書いてある文字通りの『西寺』まで、『東市』から二坊ほど西、二条ほど南に行かなければならないので急いでも四半時(30分)ほどかかってやっと到着した私は早速北門から中に入り、境内にある木を片っ端から調べようと思った。
和歌にある『藤』の木を探せばいいと思ったから。
中に入ってみて参拝客が入れる場所に植えてある木を一本ずつ調べ始めた私はあまりにも数が多いことにゾッとしてこのままじゃ絶対あと一時(2時間)あっても足りない!多分あと四半時(30分)ほどで申一つ(15時)の鐘が鳴るハズっ!
と絶望した。
絶望しすぎて大日如来だか不動明王だかが祀ってあるお堂の前まで調べ終わったくらいで気力をなくし石段に座り込んで腿に肘をついて顔を支えながら通り過ぎる参拝客や僧房を囲った築地塀を見るともなくボ~~っと見てた。
『そうだ!お寺の人に藤があるかを聞いてみよう!』
思いついて立ち上がると同時に
「伊予?何やってる?」
低くて硬い艶のある声が聞こえ振り向くと、藤(薄紫)色に下地が萌黄(黄緑色)の重ねの色目の狩衣姿の忠平様が立っていた。
竹丸がお菓子を食べて気分が悪くなったことや、柴売りの人が若い色男って言ってたことを思い出し偶然を装っているけど私をずっと監視していたのでは?と不信感にさいなまれ
「忠平様こそ!なぜここにいるの?」
思わずヒステリックな口調になった。
忠平様が戸惑ったように
「いや、別に・・・参拝に来ただけだが?伊予はなぜここに?その侍従の恰好は兄上と一緒か?」
水干姿を見て呟いた。
私は心細くなってたのと時間が迫って焦ってたのと得体のしれない誰かに兄さまの命を握られてるという不安で泣き出しそうな叫び声で
「あの菓子に毒を入れたのね?アレを食べた竹丸の体調がおかしくなったのよ!どうしてっ?私がそんなに憎い?兄さまを殺そうとしてるのもあなたなのっ?そんな人じゃないって思ってたのにっ!」
一方的に責め立てた。
私の取り乱した様子に面食らった忠平様は眉根を寄せ心配そうに
「どうした?何があった?竹丸が私が作った菓子を食ったのか?体調が悪くなっただって?そうか。それなら多分、酒を煮詰めて使ったせいだな。あいつは酒に弱いんだ。伊予が竹丸に食べさせる予想はしてなかったから。そうだ、お前は食べたのか?体は大丈夫か?」
険しい顔つきで筆で引いたようなキリッとした眉の下の瞳を潤ませジッと目を見つめながらゆっくりと言うので、『あぁ、勘違いかぁ』とホッとし、『良かった~~!』と気持ちが緩んだ瞬間、涙がポロポロとこぼれた。
忠平様は戸惑い、袂から手巾を取り出して渡し
「兄上が何だって?殺されそうなのか?なぜ?」
私が手巾で涙と鼻水を啜り上げつつ拭いながら
「怪しい文が届いたの・・・・申一つ(15時)までに場所を見つけないと大納言を殺すって。他の人に話しても殺すって。」
どうせこのままじゃ時間切れなのでイチかバチか思い切って話して文を見せた。
サッと目を通した忠平様は
「おそらく、この和歌が示す場所はあそこだ。行こう!」
言いながらサッサと歩きだしたのでその後を急いでついていった。
(その6へつづく)