EP141:清丸の事件簿「失踪の技師(しっそうのわざからくりし)」 その6
兄さまはニヤリと不敵な笑みを浮かべ
「そう。私もそれを疑ったから大山崎離宮八幡宮の宮司に面会し剣理徳清の行方を尋ねた。」
私は驚いて
「えぇ?なぜ?宮司が知ってると思ったの?」
兄さまはニッコリ笑い
「技術を広められて困るのは利益を失う大山崎離宮八幡宮だ。その頭である宮司が一番怪しいだろ?案の定、『川や近くの林を大人数で探させている』とか『この神宮を捜索する』とか『今なら公にせず見逃してやる』とかなだめたりすかしたり脅したりするうちに長櫃の中に眠らせて隠していると白状した。殺す度胸はなく今日の取引をつぶせばあきらめるだろうと思ったようだ。」
私はホッとして
「よかったわね!でも結局、剣理徳清はどうなるの?朝廷と取引するの?技術と引き換えに木工寮の役職を与えるんでしょ?ってその技術って何?そんなに儲かるものなの大山崎離宮八幡宮が独占してて?」
とう~~んと考えてみたけどわからなかった。
兄さまがまたニヤリと口の端で笑い
「そう。そこが宮司の賢いところさ。剣理徳清を手放してもいいと言った上に『搾油機の設計は公にしますが、油の専売権を朝廷に認めてほしい』と言ってきた。」
へぇ~~~~~~!と感心して
「つまり大山崎離宮八幡宮が発明して剣理徳清が売ろうとした技術は植物の種から油を搾る技術ということね!忠平様が持ってるかを訊いてきた文書って搾油機の設計図ね?!」
兄さまがウンと頷き
「『長木』という梃の原理を利用し植物の種から効率よく搾油できる機械だ。長木は貞観年間(859年 - 877年)に発明され、これまで外部には情報が漏れないよう厳重に注意していたがそれにも限界が来ていると感じた宮司が技術を独占するより油を売る権利を独占したほうが利益があがると思いついたようだ。帝は技術と引き換えならと認めざるを得ないだろう。油専売の権利を大山崎離宮八幡宮が独占するとしたらこの朝廷が続く限り利益を上げ続け近い将来油長者になるだろう。全くやり手の宮司だな。」
と呟いた。
疑問に思ったので
「帝、上皇以外にどうして取引相手に東大寺造寺所を選んだの?」
「まずからくり機械の設計を理解し、それを組み立てる技術を持った大工がいる組織でなければならないし、自前で工具や材料をそろえられる財力・原料となる菜種を栽培できる畑(荘園)を持たなければ搾油機を作れないし植物油を作って実際の利益を得られない。だから条件を備えた相手と交渉したんだ。」
私は『へぇっ~~~~~!』と納得。
それにしても『商売がうまい人というのは発想の転換が見事なのねぇ~~!技術の秘匿が難しいと思ったらすぐに権利の独占!って思考を切り替えられるってスゴイなぁ~~!』とすっかり感心し
「剣理徳清を監禁したり酷いことするけど危機!をすぐに好機!に変えられるってその宮司ってすごい人ねぇ!」
と言うと兄さまは眉間にしわを寄せ難しい顔をして
「新しい技術への人々の渇望は完全には抑えられず巷間への流布は防げない。
それなら形のない『権利』を治政者に保証させることが、実は確実に永続的に利益を得る一番の手段なのかもしれないな。」
と呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
発明品で大儲けは昔からあったようですが、結局技術は流出するし広まったほうが便利なので、権利で保護されてる限りは発明者が潤うというシステムがやっぱり革新の動機付けにはなりそうですね~~~。