EP140:清丸の事件簿「失踪の技師(しっそうのわざからくりし)」 その5
影男さんはいつもの傀儡のような無表情の三白眼でさぁ?と首を傾げ
「私も伊予殿を見張っていただけなので何が起こったのか伊予殿と同じぐらいしか知りません。」
と頼りない事を言うので
「えぇ~~~っ!そうなの?何でもできる人じゃないの?」
と口をとがらせると、眉間に不愉快そうにシワを寄せ
「私は主から警護役に徹しろと言われていますので、それ以外の余計な事はしません。」
その割には助けに来るのが遅かったじゃないのっ!と愚痴りそうになった。
「じゃあ兄さまの帰りを待って聞いてみるわ!ありがとう。もう内裏に帰ってもいいわよ!そうだ!椛更衣あての文を持って帰ってくれる?」
と言うと、心配そうに三白眼の黒目が少し大きくなり
「いいえ。また狙われるかもしれませんので良ければこの対の遣戸の前で座って見張っています。」
私はそれはありがたいと思ったので何気なく
「ありがとう。それなら安心ね!じゃあ格子を下ろして遣戸も閉めててね!白湯と食べ物を取ってくるわ!」
と微笑むと影男さんの顔が少し赤くなったような気がした。
夜も更けたのでそろそろ寝ようと灯台の火を消そうとすると馬の嘶きが聞こえ男性の話声がしたので
『兄さまが帰ったのね!』
と遣戸を引き開け廊下で待っていた。
ソワソワと歩き回りながら廊下で待ってると兄さまが狩衣のままスタスタと歩いてきてそばまで来たと思ったら何も言わずギュッと抱きしめられた。
私も背に手を回してギュッと抱きしめ
「今日メチャクチャ怖いことがあったんだから~~~!影男さんがいなければ今頃死んでたかもっ!」
と脅すと、兄さまが廊下で正座していた影男さんに向かって
「ありがとう。伊予を守ってくれて。これからも頼むぞ。後で礼を受け取ってくれ。」
と真剣な顔つきで言った。
早く真相を知りたかったので
「兄さま早く話を聞かせてっ!何があったのかもうわかったんでしょ?今まで調べてたんでしょ?」
と兄さまを押して対の中に入れるとあっ!と気づいて
「影男さんも入って一緒に話を聞きましょう!ね?知りたいでしょ?」
影男さんは困った顔つきで
「いいえ。ここでも聞こえますから。」
と遠慮したけど
「いいから、聞こえにくいわ!遣戸を閉めるもの!」
と腕を引っ張って中に引き入れた。
三人で輪になって座ると私は早速自分で整理した情報を確かめてみようと、う~~んと考え込みながら顎に指をあてて
「一体どういうことなの?
まず剣理徳清は大山崎離宮八幡宮の技師で、何かの取引を上皇と帝と生臭坊主たちに持ち掛けたけど結局は帝と取引することにしたのね?
で、帝が椛更衣を通じて私を使者として剣理徳清を迎えに行かせ木工寮に連れてかえるように命じたということまでは理解できたわ。
だけど剣理徳清が今朝行方不明になったので私は忠平様に攫われ、その後生臭坊主たちに攫われてもう少しで貞操の危機だったというワケ。
剣理徳清の行方を知ってると思って私を攫ったみたいだけど、結局剣理徳清は今どこにいるの?そして何の取引を・・・・」
と言いかけてふと顔を上げると兄さまの顔からみるみるうちに血の気が引き青ざめていくのが分かり『しまった!』と思って
「だ、大丈夫よっ!影男さんが助けてくれて全然平気だからねっ!」
と取り繕ったけど兄さまが落ちこんでるのが手に取るように分かった。
ブツブツと
「私のせいだ・・・。帝にちゃんとクギを刺しておくべきだった。まさか浄見を使うなんて思いもよらなかった・・・・他に女房なんていくらでもいるのになぜだ?なぜ帝は浄見を・・・・私のせいだ・・・。」
と言い続けてるので話が進まないじゃないっ!とイラっとして
「知ってることがあるなら早く話してっ!」
と催促すると、兄さまはハッと我に返ってコホンと咳払いしゆっくりと話し始めた。
「剣理徳清は大山崎離宮八幡宮で発明されたある技術を我々に教える見返りに身分の保証と利益の分配を要求した。
その取引を帝、上皇、東大寺造寺所(東大寺の造寺司であった造東大寺司の廃止後、造寺・造仏・造営の業務を引き継いだ機関。修理所とも呼ばれた)に持ち掛けた。
各々に見返りを提示させ、最もいい待遇だと判断した帝つまり朝廷と取引することにし、今日、東寺の北門前に使者として若い美しい女房を迎えに来させろと要求した。人員の選定を帝にゆだねたのが間違いだったがな。
私が昼過ぎに帝に取引が無事終わったかを確認したところ、帝は『椛更衣からまだ連絡がない』とおっしゃったので椛更衣に話を聞きに行くと伊予を使者にやったというので急いで東寺に駆け付けたが姿はなく行方が分からないので仕方なく大山崎離宮八幡宮に馬で駆け付けた。
ちなみに剣理徳清が上皇と東大寺造寺所にも取引を持ち掛けていたのに気づいたのはつい先ほど宮司から話を聞いた時で宮司に会うまでは知らなかった。
宮司が私に似た男と坊主頭の男が剣理徳清の行方を尋ねに訪れたと言ってたから気づいたんだ。」
フムフム。だから忠平様に確かめようとしなかったのね?その頃私は縛られて転がされたり冷や汗をかいたり貞操の危機だったりしたのね。
後日、『どうやって帝の使者との待ち合わせを知ったのか』を忠平様に尋ねてみると
「大山崎離宮八幡宮で剣理徳清の同僚に話を聞いたんだ。すると『剣理徳清が明日白梅美女と東寺で逢引きだと浮かれていた』という証言があったんで東寺に駆け付けたというわけさ。」
とこともなげに話した。
でも・・・・と考え
「剣理徳清はなぜ失踪したの?自分から取引を持ち掛けておいて?それっておかしくない?まだ何も受け取ってないのに逃げるかしら?もしかして剣理徳清はすでに近くにいないの?誰かに・・・消されたの?」
と自分の思いつきながら背筋がゾッとした。
(その6へつづく)