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少女・浄見(しょうじょ・きよみ)  作者: RiePnyoNaro
本編(恋愛・史実)

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Ep14:さらぬ別れ

 浄見は市へ買い物を理由に内裏をでて、あてもなく歩いていると、高貴な作りの車が止まり、中から


「伊予殿、伊予殿」


と声がして、窓から年配の女性が手招きした。


浄見はなぜか安心感を覚え車に乗った。


その女性は穆子(むつこ)内親王の使いのもので、穆子(むつこ)内親王が伊予に会いたがっているという話だった。


穆子(むつこ)内親王の元へ通されると


「本当の名は浄見というのですね?」


浄見は驚いたが頷いた。


「私を誰だと思いますか?」


「・・お母さまですか」


「ふふふ。やはり私の子だけあって勘は鋭いようですね。」


「夢でお姿を幾度か拝見して、そうではないかと思ってました。」


「あなたは、想い人の元から逃げ出してきたのでしょう?なぜ?」


「あの人が、私といる事や自分の命より帝を選んだからです。」


「それでいいの?」


「もう・・・縁は切れました。」


「では、しばらくはここで過ごしなさいな」


「はい。お母さま。」


時平が穆子(むつこ)内親王の元を訪れると、御簾越しに穆子(むつこ)内親王が迎えてくれた。


「お目通りありがとうございます。」


「今を時めく左大臣様にお会いせぬわけにいきますまい」


「悪評ばかりでございます。」


「帝に菅公左遷を讒言した不徳の側近ですね。ほほほ。」


「どうかご容赦ください。今日は浄見の行方をお聞きしたく参りました。」


「誰ですか?」


「あなたのお産みになった御子でございます。」


「私は子を産んだ覚えなどありません。無礼な。」


「それならそうでも構いません。私は浄見ともう一度会いたいだけです。

会って話がしたいのです。彼女が去ってから、眠ることも食べることもできません。」


「まぁ素直なお方。でも残念ですが、彼女はもうあなたに会いたくはないようですよ。」


時平はここに浄見がいることを確信した。


「彼女は私がもうすぐ死ぬと予言しました。私を憐れに思うなら戻ってきてほしいと彼女に伝えてください。」


「死ぬ前にもう一度会いたいということ?でも、あなたはそれほどすぐには・・・」


穆子(むつこ)内親王は言葉を濁した。


「そうですか。それにしても時間は限られております。彼女なしでは私は死んだも同然なのです。」


「大げさな物言いね。死んだも同然でも生きていられるわ。あの子はあなたと縁が切れたと言ってたのよ。

あなたは人生一度の大きな選択を間違えたの。もう修復できないわ。あきらめなさい。

誰か、左大臣がお帰りよ。お送りして。」


時平は追い出されたが、ひとまず浄見の行方が分かってほっとした。


浄見にもう一度でも会えれば説得する自信はあった。


時平が帰った後、浄見が穆子(むつこ)内親王の傍に座って


「お母さまって静かな人だと思ってたからきつい言葉に驚いたわ。」


「私だっていつまでもめそめそしてられなかったのよ。私が弱かったからあなたを失ったし、定省(さだみ)にはあなたを(さら)われたけど、育ててもらった恩もあるから強く出れなかったの。ごめんなさいね。」


「いいのよ。母さまのもとで育ってたら、兄さまに会えなかったわ。兄さまに会えないなら生きてる意味がなかったもの。」


穆子(むつこ)は眉をひそめて


「そこまで想ってるならどうして素直に帰らないの?先が短いことは知っているのでしょう?」


「兄さまは私を信じなかったの。だから自業自得だわ。それに二度と会わないと言ってしまったもの。

それに・・・多分お腹に子供がいるの。お母さま、私をどこかに嫁がせてください。この子を育てたいの!

この子と一緒にいれば兄さまと一緒にいるのと同じだわ。」


浄見は自分を奮い立たせるように言った。


穆子(むつこ)内親王は浄見の父・在原棟梁(ありわらのむねはり)の嫡子である在原元方(ありわらのもとかた)(浄見の異母兄)に相談した。


在原元方(ありわらのもとかた)は養父である藤原国経(ふじわらのくにつね)(時平の伯父)が正室を失くした後、寂しいとこぼしていたのを思い出し、提案した。


穆子(むつこ)内親王は浄見と藤原国経(ふじわらのくにつね)との婚姻の手配を頼んだ。


国経(くにつね)は七十過ぎの老人だったがお腹が大きくなる前にと浄見は急いで嫁いだ。


藤原国経(ふじわらのくにつね)は、浄見のような若い美人が七十の老人に嫁ぐ事に、後ろ暗い理由があることは薄々察知していた。


しかし、一目見ると浄見が美しいだけでなく、聡明で純真なことがわかり何の不満ももたなかった。


それどころか、周囲にその美しさを自慢するほど溺愛していた。


時平が再び穆子(むつこ)内親王の元を訪れ、浄見の様子を尋ねると


「あの子はもう嫁ぎました」


と言われた。


時平はその言葉をすぐには信じようとしなかった。


しかし、穆子(むつこ)内親王は頑として譲らず、同じことを繰り返した。


「せめて、どこに嫁いだかをお聞かせ願えませんか」


「それはあなたに関係のないこと。未練がましい」


とまで言われた。


時平は考えた。


最近嫁をもらった貴族の一覧表を手に入れ片っ端からチェックしたが、浄見を思わせる人はいなかった。


穆子(むつこ)内親王の交友関係が分かれば、嫁ぎ先が分かるかもしれないと思った。


宇多上皇・・・は何か知っているはずだと思った。


宇多上皇を訪ねた。


「平次よ。この頃よく来るがそなたには何も言うことはない。」


穆子(むつこ)内親王と関係のあった男は誰ですか?」


「わしが知ってると思うのか?」


穆子(むつこ)内親王が子を産む時期まで把握してらっしゃったということは相手の男のことも知っていらしたでしょう?」


「知らんわ!思い出したくもない!忌々しい!お前も出ていけ!」


と激怒されて追い出された。


時平は、宇多上皇が激怒したある事件について思い出した。


たしか殿上の間の御椅子にある欄干が壊れたいきさつとして在原業平(ありわらのなりひら)と宇多上皇が相撲をとったという話を聞いた覚えがあった。


穆子(むつこ)内親王の出産は在原業平(ありわらのなりひら)死去の3年後だから、在原業平(ありわらのなりひら)と勘違いした誰か・・・ということは在原何某か?


嫁を貰った一覧表で在原の関係者を探した。


果たして在原棟梁(ありわらのむねはり)の娘が時平の伯父・藤原国経(ふじわらのくにつね)に嫁いでいた。


時平は伯父の寵愛する自慢の美人室を横取りする算段をしなければならなかった。


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