EP138:清丸の事件簿「失踪の技師(しっそうのわざからくりし)」 その3
それを聞いて私は『ふうん。どうりで待ってても来ないワケね~~』と納得した。
「じゃあもう剣理徳清を待たなくていいのね?宮中に帰りたいので送ってくださる?」
というと忠平様は何かを企んでるように目だけはギラギラと真剣だけど口をゆがめてニヤリと笑いながら
「いいや。この騒動がおさまるまで、具体的には剣理徳清の行方がわかるまで、伊予にはここにいてもらう。」
というので焦って
「冗談じゃないわ!ずっと見つからなかったらどーするのよっっ!歩いてでも帰りますっっ!」
と立ち上がるとちょうど御簾越しの廊下に人影が現れ
「侍従様っ!西門近くで男たちが侍従様の罪を世間に暴き立ててやると叫んでいたのを取り押さえるため屋敷の侍が捕らえようとしたところもみ合いになり、なかなか手ごわく抑え込むことができません!このままでは大事になるやもと思い・・・・侍従様がいらして直接話を聞き騒ぎを収めていただきたく・・・」
忠平様は苛立たしそうに舌打ちし
「何をやってる!役に立たんな!伊予っ!ここにいろっ!逃げ出すなよっ!」
と私を指さして言いながら従者と一緒に出て行った。
私は乳母やと手を取り見つめ合いながら
「私、今は兄さまのところにいるの。でも上皇には言わないでねっ!忠平様にも私の素性は何も言わないで!私は東門から逃げるから乳母やは忠平様が帰ってきたら追いかけられないように何か理由をつけて引き留めてね!・・・・元気そうでよかった。ずっと会いたかったのよ!ねぇこれからは大納言邸に文を出してね!私も機会があればまた会いに来るわっ!」
と言いながら泣きそうになった。
乳母やは
「・・・っうっうっ・・・・そうですか。姫様が元気でよかった。・・・・ハイ。ええ。」
と相槌を打ちながら泣いてばかりだった。
私はハッとして急がなきゃ!と気を取り直して
「じゃあね!元気でね!もう行くわねっ!」
と東門へ向かって疾走した。
多分影男さんが作戦を立てて西門に忠平様を引き付けてるのね!この隙に逃げ出さなきゃ!
と東門を出ると、小路の北側に粗末な作りの牛車があったので影男さんかしら?と思ったけど一瞬違和感があり
『違うっ!私が乗ってきたのは紫糸車のハズだわっ!』
と南方向へ向かって走り出そうとしたとき牛車の陰から出てきた数人の男たちに衣をつかまれ後ろに引っ張られて転ばされた。
馬乗りになられ頭から布袋をかぶせられて首を紐でくくられた上にまた後ろ手に縛られた。
今度は猿ぐつわがなかったので
「助けてっーーーーーっ!誰かーーーーっ!」
と叫んだけど耳元で
「もう一度叫べば刺し殺す」
と言われ硬いものをお腹に押し当てられたので怖くて黙った。
その後、立たされてまた牛車に乗せられた。
今度の賊はさっきの男たちより慣れてないのかイチイチ縛り方がきつくて腕も痛いし首も痛い。
でも私の根性も鍛えられてだんだん強くなってて
『どーせっ!何かされそうになったら死んでやるっ!少なくとも死ぬ気で抵抗するからなっ!』
と開き直ってすっかり肝が据わった。
相変わらず
『影男ーーーっ!私を守るんじゃなかったの?何してんのよぉーー!作戦じゃなかったのぉ!』とか
『兄さまーーっ!いい加減助けに来てよぉーーー!』とか心の中ではブー垂れてた。
しばらく進むとガタゴトと上下の揺れが激しくなり、舗装されてない道だなぁと思ってると牛車が止まり袋をかぶせられて息苦しいまま歩かされて連れていかれ、地面に無理やり座らされると袋を剝ぎとられやっと目が見えるようになった。
そこは土間の小屋で木の格子が付いた窓から光が入るので薄暗いけど中はよく見え壁に沿っておいてある棚には笊や瓶や壺といった生活道具類が置いてあり、鍬鋤・斧・鎌・鋸・と言った農工具が立てかけてある農家の物置のようだった。
私は下に座らされてまだ手は後ろで縛られてたので大人しくしてた。
賊は水干に括り袴だけどそれほどいい生地じゃなかったので裕福な貴族の雑色ではなさそう。
丈の低い立烏帽子で頭が透けて見えたけどどう見ても髷を結ってるようには見えず、賊は三人いたけどみんな坊主頭に見えた。
賊の中で一番背が低くてニキビ面で唇が厚い男がしゃがんで私を覗きこみながら
「上皇侍従はなぜお前を攫ったんだ?お前は剣理徳清の女か?」
応える必要はないのでフンと横を向いているとニキビ面は怒って私の胸ぐらをつかみ
「お前っ!剣理徳清とどういう関係だっ!剣理徳清はどこにいるっ!上皇侍従はなぜお前を攫ったんだ!」
と臭い息とツバを吹きかけられこのまま顔を近づけられると思うとゾッと吐き気がしたので
「剣理徳清を待っていたら上皇侍従に拉致されて、剣理徳清の居所を聞かれたけど何も知らないわっ!私は宮中の女房です!帝の配下の者よ!私に手を出せば普通より厳しく罰せられるわよっ!」
と虎の威を借りると、ニキビ面が少しひるんだように見えた。
その後ろで腕を組んで突っ立って私たちを見てた痩せて背の高い顔の長い男が眉をひそめ
「ということは、剣理徳清は上皇、我々に加えて帝にも取引を持ち掛け最終的には帝を選んだという事か。フンっ!バカな奴め。朝廷と取引だと?一銭の得にもならんのに、そんなに安全が欲しいか。」
とワケの分からないことを呟いた。
(その4へつづく)