EP137:清丸の事件簿「失踪の技師(しっそうのわざからくりし)」 その2
『誰であれ私に手を出したら舌を噛み切ってやる!賊の思い通りになんかなるもんですかっ!』
と鼻息を荒くして身構えていると頭の後ろに手が触れる感触があり目隠しを外され
「伊予か?ここで何してる?」
と言う方を見上げると目の前に座っていたのは狩衣姿の忠平様だった。
『んっーーーーー!(はやく猿ぐつわをはずせっっ!)』
と叫ぶとスンナリと猿ぐつわを外してくれたので
「何してくれてんのよっ!私は人を待ってなくちゃいけないのにっ!とゆーか何でさらったのっ?!」
と怒鳴った後、忠平様が驚きつつも険しい真剣な顔をして黙っているのを見て急に怖くなって
「何?どうしたの?どうして私をさらったの?」
「伊予、誰かからある文書を受け取ったか?」
何のことやらサッパリなので
「いいえ。剣理徳清という人を待っていたけど誰も現れなかったもの。忠平様何か知ってるの?」
「伊予は誰の命令で剣理徳清を待っていた?」
こっちの質問にも答えてよ!と思いつつも
「椛更衣よ。それが何なの?」
忠平様はう~~~んと腕を組み顎に指をあてて考え込み始めた。
「ねぇ?!なぜ?剣理徳清って誰なの?」
と何度聞いても
「伊予は知らなくていい」
と言われたきりで無視された。
「どこに連れて行くの?」
と聞くと緊張した表情が少し緩んで微笑み
「妻の屋敷だ。今は私の屋敷になっている。」
しばらく車に揺られて到着した先は、私が十四の歳まで育ったあの懐かしい屋敷だった。
『まさか!正室が上皇の皇女・順子様でここに住んでいるという話は知ってたけど!』とビックリして、忠平様にできるだけバレないよう顔に出ないように心の中で
『懐かし~~~~っ!二年ぶり?変わってないなぁ~~~~』
と感動して、牛車が車宿りにつき渡殿を渡りながらもキョロキョロして庭を眺め、遣水を引いた先の池にある島に、岩を端に避けて丸く囲って並べて野菊や白菊や水仙や百合を植えた花壇にしてあるのがそのままになってることや、侍所を通り過ぎるとき顔見知りの雑色がいるかどうかを覗き込んでみたけど誰もいないことにガッカリしたり、そして何と言ってももうすぐ主殿につく!と近づくにつれ抑えきれないドキドキが全身を震わせ顔を紅潮させていた。
だって、私が赤子のときから乳を飲ませてくれ育ててくれた乳母やがいるかもしれない!と思ったから。
私にとって一番親しい、懐かしい、ずっと会いたかった母上みたいな人。
何も言わずに失踪したから心配してるだろうな~~!上皇に居場所を知られないように乳母やにも文も出してないしなぁ~~~。
そういえばっ!なぜ忘れてたのっ?!と突然ここがかつて宇多帝の別邸だったことを思い出し、もしかして上皇が待ってるの?!と急に絶体絶命に追い詰められていることに気づいた。
『今から逃げ出せるかしら?私が通れるぐらいの穴の開いた壁・・・あそこはもうふさがったかな?』と思い出しつつキョロキョロ辺りを見回すと主殿につき、御簾を押して中に入ろうとする忠平様の袖を引っ張り耳に口を近づけに絶対聞かれないよう小声で
「あの・・・上皇は今どこにいらっしゃるの?もしかしてここにいる?会いたくないんだけど・・・」
と囁くと忠平様はくすぐったそうな顔をして少しニヤけて
「大丈夫。ここにはいないよ。本邸にいらっしゃる。伊予が上皇を避けてるのはわかってるからね。」
というのでホッとし、御簾をよけて主殿に入って『変わらないなぁ~~~』と懐かしく調度品を眺めてると、侍女が白湯と菓子を給仕しに来た。
白湯を私の前に置いてくれた時、やっと顔を上げて私をちゃんと見てくれた乳母やに向かって私がにっこりと微笑みウンと頷くと、驚いた表情でアッと声を出しそうになったのを、私がチラリと忠平様を見て頷くとこらえて何も言わず頷き返してくれた。
『忠平様の前では他人の振りをしてね』
という合図が伝わったのか私を知らないフリをしてくれてありがたかった。
同時に懐かしくてたまらなくなって目に涙がにじんできた。
いっぱい話したいことがあるのに~~~~!と心底忠平様を邪魔に思った。
白湯を飲んで一息ついた忠平様がニヤッと口の端だけで笑って
「順子への挨拶はしなくていいよ。」
というので『当たり前でしょ!上皇にここへ来たことがバレたくないのに!何言ってんの?!』と思ったけど口には出さず
「あの~~~どうしてここに連れて来たの?いつ宮中に返してくれるの?」
忠平様が急に真面目な表情に戻り
「伊予は剣理徳清の身元を知っているか?」
「いいえ。誰なの?」
「剣理徳清は離宮八幡宮の技師だ。」
私はキョトンとして
「そう。それがどうしたの?」
忠平様は安心したようにホッとため息をつき
「本当に何も知らないんだな。実は剣理徳清は失踪したんだ。今朝から行方不明なんだ。」
(その3へつづく)