EP136:清丸の事件簿「失踪の技師(しっそうのわざからくりし)」 その1
【あらすじ:ある人を迎えに行くという簡単なお役目のハズなのになぜか大変なことに巻き込まれた私は利益を求める人々の思惑によってもう少しで死にそうな目にあった。誰かを出し抜こうとするときは裏切る相手から足元をすくわれないように注意して!?私は今日も覚悟と気合だけで乗り切る!】
今は、899年、時の帝は醍醐天皇。
私・浄見と『兄さま』こと藤原時平様との関係はというと、詳しく話せば長くなるけど、時平様は私にとって幼いころから面倒を見てもらってる優しい兄さまであり、初恋の人。
私が十六歳になった今の二人の関係は、いい感じだけど完全に恋人関係とは言えない。
何せ兄さまの色好みが甚だしいことは宮中でも有名なので、告白されたぐらいでは本気度は疑わしい。
ある日、私が勤めている雷鳴壺で火鉢の炭も白く灰ばかりになってきたお昼ごろ、椛更衣に急用があると呼び出され対面して座ると椛更衣が慌てた表情で
「伊予、今すぐ剣理徳清という人をお迎えに東寺まで出かけてほしいの!紫糸車を出す許可は取ってあるわ!」
急なお使いにキョトンとして
「はい。わかりましたけど、牛車に乗せて内裏にお連れすればいいんでしょうか?」
「堀河邸の西隣にある木工寮(主に造営、および材木採集を掌り各職工を支配する役所)にお連れすれば後は取り計らってくれるらしいわ。あなたは白梅の枝を持って東寺の北門の前に立っていれば剣理徳清と名乗る男性が現れるのでその方を乗せてお連れせよとの事です。」
・・・ということは椛更衣も誰かに命じられたということね?
とりあえず動きやすいよう袴を指貫(裾口に紐を指し貫いて着用の際に裾をくくって足首に結ぶもの)に履き替え衣は裾を引き上げ腰ひもを結び壺装束にし市女笠を持って牛車に乗り込んだ。
あぁっと!梅壺にある白梅を一枝切ってもらって持っていくのを忘れずに。
・・・いいのかしら?でも他にどこで白梅を手に入れればいいかわからなかったもの!
牛飼童の他に庭にいた影男さんを見つけてお伴についてきてくれるように頼んで都の南端、羅城門の二町ほど東にある東寺へ急いだ。
牛車を針小路通りに待たせて石畳を歩いて北門の前につくと、大勢の人でにぎわっていた。
狩衣姿の貴族や水干姿の使用人と思われる人々や、私のような壺装束の女性、僧侶たちや筒袖姿の庶民まで様々な人々が北門を出たり入ったり忙しそうに行き交う中、私はただぼんやりと白梅の枝を持ち門前に立ってうつむいて敷き詰められた石畳を眺めていた。
だって垂れぎぬ越しとはいえ通り過ぎる人と目が合うと気まずいし、『何やってんのこんなところに突っ立って』的な目でジロジロ見られるのが恥ずかしいし。
退屈を紛らわすため『それにしても誰の何のためのお迎えかしら?椛更衣に命令できるとなると帝?父君?そんなに重要人物なの?』とか『影男さんはどこにいったのかしら』とキョロキョロ見回しても、屋敷の築地塀(泥土をつき固めて作った塀)や参拝客ぐらいしか見えず、隠れるところもないのでどこにいるのか、私を見張ってるのかどうかもわからない。
『私を守るのが役目』と言ってたくせに何だか心細いなぁ。と思っていると、垂れぎぬが目の前から消え足元に誰かの草履を履いた足が見えたと思ったら皮の厚いごつごつした手で口をふさがれ、グイッと両手を後ろに引っ張られて縄のようなもので括られ、布のようなものを目に巻き付けられて目隠しをされた。
口を塞がれた手が放れた瞬間、声を上げようと考える間もなく丸めた布を口につめこまれ布を口の周りにも巻き付けられ、いわゆる『猿ぐつわ』をかまされた。
「っっんーーーーーっ!!!んっーーー!」
と声にならない声を上げながら後ろ手にくくられた両手を緩めようと腕をゴソゴソと動かしていると誰かの肩に担ぎ上げられた。
足の腿あたりをガッチリと両腕で抱え込まれ、お腹が肩に乗るように担ぎ上げられているので筋力のない私は暴れようにも上半身を少し上下に動かすぐらいと、膝から下をバタバタと動かすぐらいしかできず、頭を上にあげる姿勢も苦しくなって頭をダランと逆さに垂れると頭に血がのぼってクラクラと苦しくなってきた。
そうでなくてもお腹に食い込んだゴツゴツした肩が痛いし暴れても抜け出せそうもないのでとうとうというかちょっとした抵抗の末あきらめて担ぎ上げられた肩に物干しに引っ掛けられた衣みたいにダランと引っかかってた。
『あ~~~~っ!こんなことになるなら周りをちゃんと見て怪しいやつが近づいてこないよう警戒すべきだった!』とか
『影男っ!何してんのよっ!』とか
『兄さまっ!私がここで傷ものになって死んでしまってもいいのっ!』とか
『腕力と武芸と筋力大事っ!』とか
『せめてもの抵抗をできる機会を見計らうべきねっ!』とか色々考えた。
担がれて運ばれた距離からしておそらく針小路通りに待たせていたと思われる牛車の後ろの覆いを上げて中に無造作にゴロンと転がされた。
「侍従様、白梅を持った使者と思われる女をさらってきました。」
という声が聞こえ、牛車の中に顔を奥にして寝ころばされた私は、目隠しして見えないけど顔のすぐそばに誰かの袴の膝がある気配がしてその膝の主が
「ご苦労。車を屋敷に向かわせてくれ」
と少し艶のある硬い低い声で命じるのが聞こえた。
(その2へつづく)